船舶や海洋構造物、橋梁、建築物などの軽量化や安全性の向上で活用が期待されているのが980MPa級の高張力鋼板である。これまでは厚板の溶接が困難なことから適用が限られていたが、大阪大学などのグループがそれを可能とする技術を世界で初めて開発した(図)。

純Arガスの適用を可能に

 980MPa級高張力鋼板の厚板の溶接が難しいとされていたのは、実用に堪えられる溶接品質と靭性を両立できなかったためだ。詳しくは後述するが、従来はアルゴン(Ar)などの不活性ガスを主成分とするシールドガスに、酸素(O2)や二酸化炭素(CO2)といった活性ガスを混ぜなければ十分な溶接品質が得られなかった。逆にこれらを混ぜると、溶接の際にマンガン(Mn)やシリコン(Si)、アルミニウム(Al)がCO2やO2と反応して複合酸化物ができ、この酸化物が破壊の起点となって靱性が低下するという問題が生じていた。

 鋼の溶接には通常、MAG(Metal Active Gas)溶接が使われる。電極を兼ねたワイヤから溶接対象となる母材に向かってアーク放電が発生し、ワイヤが溶けて溶接部のビードとなる。シールドガスに活性ガスを混ぜないと溶接品質が悪化するのは、不活性ガスだけではアーク放電を安定化できなかったためだ。

 そこで大阪大学などのグループが開発したのが、活性ガスを使わずに溶接品質を向上する「同軸複層ワイヤ溶接法」と「電離プラズマMIG(Metal Inert Gas)溶接法」の2つの技術だ。いずれもシールドガスに100%のArガス(純Arガス)を使う。

〔以下、日経ものづくり2012年5月号に掲載〕

図●新技術を用いて製作した橋梁の橋脚の一部
図●新技術を用いて製作した橋梁の橋脚の一部
同軸複層ワイヤ溶接法と電離プラズマMIG(Metal Inert Gas)溶接法を部位によって使い分けている。