鋼板やアルミニウム合金より大幅に軽くできるものの高コストという理由でレースカーやスーパーカーにしか使われていなかったCFRP(炭素繊維強化樹脂)。そのCFRPを早く、安く造る技術の開発が進んでいる。実績のある熱硬化性CFRPでは、RTM(レジン・トランスファ・モールディング)で成形品コストを1/5~1/7にする“現実解”が見えてきた。さらに、2020年ごろの本格採用を目指して、熱可塑性CFRPでコストを1/10以下にしようとする“理想解”への挑戦も始まった。(林 達彦)

Part1:量販車が使い始める

BMW社が2013年にEVで適用
年産1万台、400万円クラスが視野に

「CFRP(炭素繊維強化樹脂)は高くてクルマに使えない」という常識が変わりそうだ。ドイツBMW社が2013年に発売する量販車に使うと宣言したからだ。これで年産1万台、400万円クラスのクルマへの適用にメドが付いた。成形時間の大幅な短縮で成形品コストは一桁下げられる。ドイツDaimler社と東レ、米GM社と帝人といった戦略的提携も始まった。

 鉄(Fe)よりもアルミニウム(Al)合金よりもCFRPが軽いのは分かっている。ただ、航空宇宙産業はまだしも、クルマの世界で年間1万台以上作るような量販車にCFRPを適用するという自動車メーカーはなかった。
 だが、この状況が大きく変わる。BMW社が2013年に発売するEV(電気自動車)にCFRP製ボディを採用すると2009年に発表したからだ。同社は「BMW i」というブランドで出すEVの「i3」、続いて製品化するプラグインハイブリッド車(PHEV)の「i8」を、Al合金製のシャシーとCFRP製キャビンの組み合わせで実現する。
 BMW社は、3 年後に炭素繊維を3000t分生産できる設備を、材料メーカーに求めており、1台に100kgの炭素繊維を使うとしても年間3万台レベルの大規模生産が予想される。
 一部メディアで報道されているi3の価格も衝撃的だ。ドイツの経済紙「Handelsblatt」は、BMW社CEO(最高経営責任者)であるNorbert Reithofer氏が「i3は5シリーズよりも買いやすい」と発言したとする。ドイツで「5シリーズ」は3万9900ユーロ(1ユーロ110円換算で439万円)からであることから、400万円近くの価格が設定される可能性がある。
 これまでCFRPをキャビン全体に使ったクルマは3000万円以上が常識だった。英McLaren Automotive社が2011年に2790万円の「MP4-12C」を発表した際には、「CFRP車で最も安い」といわれたほどだ(図1)。

以下、『日経Automotive Technology』2012年5月号に掲載
図1 英McLaren Automotive社「MP4-12C」
図1 英McLaren Automotive社「MP4-12C」
RTMで成形した「モノセル」と呼ぶキャビンを用いる。キャビンの質量は75kgと軽量だ。

Part2:熱硬化性樹脂を使う現実解

RTMで成形コストを1/5~1/7に
プリプレグを早く硬化させる方法も

強度、剛性に優れる熱硬化性CFRPを高速に成形できるのがRTM(レジン・トランスファ・モールディング)だ。樹脂を型に後から注入する、強化繊維に織物を使わないという工夫で低コスト化を図る。月産数千個の生産が可能で、成形品コストも従来の1/5~1/7にできる可能性がある。BMW社の「i3」、トヨタの「レクサスLFA」もRTMを積極的に使う。一方、従来のプリプレグを使いながら5~10分で成形する技術も登場した。

 レースカーやスポーツカーで最も実績があるのは、プリプレグを積層し、オートクレーブで硬化させる熱硬化性CFRP。例えば、日産自動車「リーフ」のモータ、減速機をミッドシップに搭載したデモンストレーション用のEV(電気自動車)レースカー「リーフNISMO RC」も、キャビンからカウルまでほとんどをプリプレグで造っている(図2)。
 同車を製作したNISMOは、ツーリングカーレースであるGT選手権の「GT500」クラスに出場する「GTR」のCFRP製キャビンも同様の方法で造る。リーフNISMO RCではGTカーで使う、プリプレグの間に挟むハニカムパネルやインサート部品を極力取り除き、構造をシンプルにして低コストでキャビンを製作した。
 GTカーに対して大幅に安くできたというが、それでもキャビンの製造コストは数百万円のレベル。クルマ1台が買えてしまうほどだ。モノコックの質量は150kgなので、単位質量当たりのコストは数万円/kgと非常に高い。

以下、『日経Automotive Technology』2012年5月号に掲載
図2 日産自動車「リーフNISMO RC」
図2 日産自動車「リーフNISMO RC」
(a)キャビンとカウルにCFRPを使用し質量は925kgと量産車より495kg軽い。(b)モータはミッドシップに搭載。(c)モノコックはプリプレグで成形、上部はロールバーで補強している。運転席背後にLiイオン2次電池を積む。

Part3:熱可塑性樹脂で目指す理想解

材料価格の低減と“1分成形”がかぎ
年産20万台規模への採用目指す

CFRPを年産20万台規模の量産車に適用するには部品コストで1000円/kgが目標となる。部品の質量を1/3にすると考えれば、300円/kg程度の鋼製部品の置き換えが可能になるからだ。この画期的なコスト低減には炭素繊維の価格低下、成形コストの低減が必要だ。このうち成形コストの低減には成形時間の短縮が最も効果的だ。熱可塑性CFRPを使って1分以内に成形できる技術の開発に各社が取り組んでいる。

 熱硬化性CFRPは、RTMやプリプレグのプレス成形で成形時間5~10分を目指しているが、射出成形ほどには短くできずコストも高い。自動車生産のタクトタイムは1分程度であり、量産車に適用するには、成形時間をこれに近づけることが求められる。
 東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻教授の?橋淳氏は「Vf(炭素繊維の含有率)、樹脂の種類、成形時間などのパラメータを変えて部品コストを試算すると、炭素繊維の価格低下と成形時間の短縮が最もコストに影響する」という。
 炭素繊維の価格は現在1kg/2000円する。しかし、今後中国などでの生産が増え、価格競争が激しくなること、これまでの製造工程を革新する生産技術の開発も始まっていることから、中長期的には1000円/kgも夢ではない。
 一方、成形時間の違いはコストに大きく効く。例えば1億円の設備を入れて年間20万個を生産すれば、1個当たりの設備償却費(1年で償却すると仮定した場合)は500円になる。この生産量を実現するには、1日11時間、月間25日稼働で、成形時間を1分に縮める必要がある。これがもし5分だと、償却費は2500円にはね上がる。
 1分で成形できるCFRPとして注目されるのが熱可塑性樹脂である。加熱すれば軟化し、冷却すれば固化する特徴を生かし、加熱したシートを温度の低い型でプレスすれば瞬時に成形できる。

以下、『日経Automotive Technology』2012年5月号に掲載