グローバルセンスは、視野を世界へと広げるために必要なさまざまなテーマを、全ての技術者を対象にして紹介するコラムです。2012年1~4月号では、『インドを知る タタ流ものづくり』を取り上げます。インドの自動車メーカーTata Motors社を事例に、インド市場で成功する条件を学びます。

 「ナノベーション」──。TataMotors社が超低価格車「Nano」を造る際に発揮した開発手法を、筆者はこう名付けた。車名とイノベーションを組み合わせた造語である。

 イノベーションの定義は、新しいものを生み出すこと、または既存のものを新しい方法で生産すること。Tata Motors社以外の自動車メーカーは、わずか10万ルピー(当時の為替レートである1ルピー2円換算で20万円)という価格で販売できるクルマの開発は「不可能」と言っていた。それができたのだから、そこには何か特別なイノベーションがあったのではないかと考えるのは当然だ。

 同社はものづくりを、企画から始まり、設計、製造、そしてユーザーへ販売するまでの全てを包含する広い概念で捉えている。従って、ナノベーションの本質を考えるとき、単に技術革新という意味で捉えることはできない。製品革新、生産革新、市場革新、材料革新、システム革新といった、あらゆる分野のイノベーションが総合的に絡み合っていると解釈するのが自然だろう。だからこそ、ナノベーションという独特の呼び方がふさわしいのである。

 ナノベーションによって考えられた「節約型製造法」は前回(2012年2月号)で紹介した。今回はナノベーションが生まれた背景を探ってみたい。

〔以下、日経ものづくり2012年3月号に掲載〕

伊藤 洋(いとう・ひろし)
東京大学 特任研究員
1965年山形大学工学部を卒業後、本田技研工業に入社。プレス技術、車体開発業務に従事。1974年同社から生産技術部門として独立したホンダエンジニアリングへ異動。1986年取締役。車体研究開発、品質管理を担当。自動車工業会委員、自動車技術会委員も務める。2001年に退職後、インド、タイ、パキスタンへ技術支援活動を展開。2004 年から東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員。