グローバルセンスは、視野を世界へと広げるために必要なさまざまなテーマを、全ての技術者を対象にして紹介するコラムです。2012年1~4月号では、『インドを知る タタ流ものづくり』を取り上げます。インドの自動車メーカーTata Motors社を事例に、インド市場で成功する条件を学びます。

 「11万2735ルピー」という低価格が、世界の製造業に衝撃を与えた。インドの自動車メーカーTataMotors社が2009年7月に同国で発売した小型自動車「Nano」のことである(図)。最も廉価なベースモデルである「Standard」の販売価格がそれだったのだ。

 当時の為替レート(1ルピー2円換算)で22万5470円、2011年12月の為替レート(1ルピー=1.7円換算)では19万1650円である。日本メーカーにとっては、信じられないほどの「激安価格」だろう。

見方が180度転換

 Nanoはもともと10万ルピーを目指して開発されたクルマだ。2008年1月にインドで開かれたモーターショー「AUTO EXPO 2008」において発表されたが、当時の日本メーカーの大半の反応は「限られた地域の限定的な車種であり、技術的にも見るべきところはない」というものだった。ある日本の自動車メーカーの役員は、Nanoについて「あの価格では造れない。とても当社の品質基準を満たすことはできないからだ」と記者会見でコメントしていた。ビジネス的にも、車両価格が安すぎて事業性が見込めないと判断していたようだ。

 だが、今の日本メーカーがインド市場を見る目は、当時とは大きく変わっている。新興国市場で売れる製品を造らなければ、企業としての将来がないという危機感を、多くの日本メーカーが覚えるようになったからだ。そして、新興国の中でも経済の規模や成長の速さから、今後10年で最も有望視されているのがインドなのである。

〔以下、日経ものづくり2012年1月号に掲載〕

図●低価格な小型車「Nano」
Tata Motors 社が2009年7月に発売した。価格はベースモデルの「Standard」で、発売当初は11万2735ルピー(19万1650円)だった。その後、2011年10月の価格は14万ルピー(23万8000円)となった。2009年7月~2011年11月に13万4000台が販売された。

伊藤 洋(いとう・ひろし)
東京大学 特任研究員
1965年山形大学工学部を卒業後、本田技研工業に入社。プレス技術、車体開発業務に従事。1974年同社から生産技術部門として独立したホンダエンジニアリングへ異動。1986年取締役。車体研究開発、品質管理を担当。自動車工業会委員、自動車技術会委員も務める。2001年に退職後、インド、タイ、パキスタンへ技術支援活動を展開。2004年から東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員。