強い鋼が欲しければ炭素量を増やせばよい。ただし、炭素量が0.5質量%を超える高炭素鋼は、自動車の構造材としては使われていなかった。理由は接合が難しいこと。炭素が多すぎて、溶接すると割れてしまう。FSW(摩擦攪拌接合)ならば高炭素鋼でも接合でき、高価な添加成分を使わずにクルマを軽くできる。

 鋼はC(炭素)の量を増やせば増やすほど強くなり、硬くなる。鉄(Fe)とCを合金化すると、炭素量や冷却速度を変えることによって、様々な変態組織を得ることができるようになり、幅広い強さが実現する。
 ところが、C量の多い鋼を普通に抵抗スポット溶接すると、一度融点まで温度が上がり、冷却する間にマルテンサイト相が生成する。マルテンサイトは硬くて脆いので、割れる。つまり、Cを多くすると溶接ができなくなってしまう。
 今使われている鋼のCの質量比は0.007~2.0%である。このうち質量比が0.5 %を超えるものを高炭素鋼と呼ぶ。工具(0.6~1.2%=炭素質量比:以下同)のほか、カミソリ(1.2~1.3%)鉄道のレール(0.63~0.75%)やピアノ線(0.80~0.85%)、硬鋼線(0.79~0.86%)軸受鋼(0.95~1.1%)など広い用途に使われている。
 高炭素鋼は、もっと自動車に使われていい素材である。同じように強くて硬い高張力鋼を造るのにMn(マンガン)、Si(シリコン)、Ni(ニッケル)、Mo(モリブデン)などの添加元素を入れていることを考えると、それを使わずにCで済むのなら安くできる。
 ところが自動車で高炭素鋼を使った例は、ばねや軸受程度しかない。ばねや軸受は溶接の必要がない部品だから実用になっている。ばねは座に押し付けるし、軸受には周囲の部品にはめ込んで使う。逆に言うと、ほかの部材と接合する必要のある構造材では使っていない。溶接できないためである。そのため自動車の構造材では、Cの量は0.15%以下に抑えられていた。
 接合の問題さえ解決すれば実用になる素材である。このままにしておくのは惜しい。

以下、『日経Automotive Technology』2012年1月号に掲載