クルマのような成熟商品は、「速さ」「大きさ」というような目に見える次元から、次元の見えない競争へ移行するべきだ──。2011年のビジネス書大賞を受賞した「ストーリーとしての競争戦略」(東洋経済新報社)の著者である一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木建氏は、競争軸を「見える化」することが、商品の価値を壊してきたと指摘する。(聞き手は鶴原吉郎)

一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 教授 楠木 建氏

 かつての消費者はもっと速いクルマ、もっと大きいクルマ、もっと豪華なクルマを求めていた。「目に見える価値」を上げることが、たくさんクルマを売ることにつながった。
 しかし現在のクルマは、すでにほとんどの製品で、十分な水準に達している。現在残っている「目に見える価値」の軸は、私の見るところ二つしかない。一つが「安さ」であり、もう一つが「燃費」だ。これ以外の価値軸は、ほとんど満たされていると思う。
 現在、最も刃の数が多いシェーバーは6枚歯だと思うが、あれこそが「目に見える価値」の典型例だ。シェーバーの歯なんて4枚あれば十分。それ以上は、番町皿屋敷ではないが、5枚、6枚…と増やしていっても、そのありがたみが実感しにくい「認知上の限界」に達している。クルマも同じではないだろうか。
 先に触れた「安さ」と「燃費」という二つの軸での競争は未来永劫続くだろう。しかしコストの削減は物理的な限界へと収れんしていく競争であり、利益を削る不毛なチキンレースになりかねない。一方の燃費向上も、どのメーカーも懸命に努力している以上、他社との差別化要因にはしにくい。

以下、『日経Automotive Technology』2012年1月号に掲載