2012年3月号までは、既存のコラム「ホンダ イノベーション魂!」を引き続きお届けします。ホンダ イノベーション魂!は、日本初のエアバッグの開発に成功した技術者が、独創的な技術開発で成功するために研究開発者は何をすべきかを解き明かしていく実践講座です。

マップを描いて新しい価値を探る

 新しい価値を創造するイノベーションは、広大な領域をサーベイしなければならないという点で、「手掛かりがほとんどない中で、釣りたい魚がいる湖(新しい価値)を探す」ことに似ている。今回は、マップを描いて湖を探す、つまり何が新しい価値となり得るのかを探る手法について解説したい。

多様で多層の価値を表現

 クルマの価値は、運動性能や快適性、安全性など極めて多様であり、加えてクルマ全体の価値から部品やユニットが担う価値という具合に多層的でもある。これを1つのマップに表現できればクルマの価値の全体像が一目で分かり、開発の方向も見えてくる。

 その一例を紹介しよう(図)。これは、1990年ごろに筆者が中心となって3日間で作った、今後のクルマの進化を示すマップだ。20年前のものだが、今でも使える内容になっている。ホンダではこうしたマップを「価値技術マップ」と呼ぶ。

 「人馬一体」といわれるように、クルマも人と一体になることが究極の姿と考えた。それには、運転者の操作にクルマが生き物のように反応する技術(生体機能技術)が必要である。そこで、マップの中心に、「生体機能技術クルマ」を置いた。これと、クルマの総合価値である「FUN(走る楽しさ)」がつながっている。

〔以下、日経ものづくり2011年11月号に掲載〕

図●1990年ごろに作成したクルマの進化の道筋
図の周辺の四角で囲った「高齢運転者支援」「安心感・保障」「軽量化」「人と機械のコミュニケーション」の4項目は1990年以降に急速に高まった価値要素なので、追記として図に加えた。軽量化は1990年当時も重要だったが、8つめの価値要素として加えるほどではなかった。図中に使われている略字の意味は以下の通り。4WS:4輪操舵、ABS:アンチロック・ブレーキ・システム、TCS:トラクション・コントロール・システム、CVT:無段変速機、MT:手動変速機、AT:自動変速機、EV:電気自動車。
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小林三郎(こばやし・さぶろう)
中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授
1945年東京都生まれ。1968年早稲田大学理工学部卒業。1970年米University of California,Berkeley校工学部修士課程修了。1971年に本田技術研究所に入社。16年間に及ぶ研究の成果として、1987年に日本初のSRSエアバッグの開発・量産・市販に成功。2000年にはホンダの経営企画部長に就任。2005年12月に退職後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授を経て、2010年4月から現職。