市場規模の拡大や安定的な売り上げが見込めることから、医療機器事業に進出する企業が増えている。さまざまな悩みを抱える医療業界側も、製造業が持つ技術に期待を寄せ、新規参入を歓迎している。
 だが、いざ進出しようという段階で、大きな壁にぶつかる場合が少なくない。その壁とは、医療機器の使い手である医療関係者の要求を、技術者がうまく理解できないこと。「こんな医療機器をつくってほしい」と言われても、技術者は医療の現場を知らないので、要求を工学的な概念に変換できないのだ。
 この壁を乗り越えるには、技術者が歩み寄るしかない。医療関係者の声に耳を傾け、要求を理解し、その期待に技術で応えた事例を紹介する。(高野 敦、高田憲一、荻原博之)

医療機器をどうつくる?

 「社長、本気ですか?」。山科精器(本社滋賀県栗東市)メディカル事業部部長代理の保坂誠氏は、かつて代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)の大日常男氏から医療機器事業に進出する計画を打ち明けられた時、思わずこう聞き返したという。

 山科精器は、主に工作機械や熱交換器を手掛ける中堅企業。2011年秋には、同社初となる医療機器の量産を始める予定だ。しかし、医療機器事業への進出を決めた2004年の時点では、医療機器とは縁もゆかりもなかった。保坂氏は、全く不案内な分野で新規事業を起こすよう命じられたのである。

 そのためにはまずは、医療業界を理解しなければならない。ひとまず滋賀県が主宰する産官学連携組織である「しが医工連携ものづくりネットワーク」に参加したが、当初は立命館大学内に与えられた個室で独り「何を造ればよいのか」を考える日々が続いたという。

 自動車や工作機械への興味から技術者を志した保坂氏にとって、医療機器は興味がわいてくる対象には見えなかった。医療業界に対する印象も良くなく、「医療機器に興味が持てない」と大日氏に直訴したこともある。

 だが、産官学連携の活動と並行して京都大学の一般向け医工連携講座「ナノメディシン融合教育ユニット」に通い始めた頃から、保坂氏の意識に変化が生じてきた。講義や演習で生身の医師と向き合ったことで、彼らも多くの悩みを抱えていると知り、医療業界への先入観が払拭されたのだ。「医学の世界に身を置いたら、医療業界への心理的抵抗も自然となくなった」(同氏)。加えて、医療業界の課題は工学的に解決できるという確信も得られたのである。
〔以下、日経ものづくり2011年11月号に掲載〕

三菱化学●日常行動分析サービス(歩行分析)

計測データを医師の視点で料理

 三菱化学(本社東京)の「見守りゲイト」は、主に患者の歩行について周期や力強さなどの様態を記録・分析するサービスだ。歩行分析計「ゲイト君」と分析ソフトウエア「ゲイトビュー」を組み合わせて使う(図1)。医師は歩行分析計によって歩行の様態を記録した後、三菱化学に分析を依頼したり、自身でソフトを用いて分析したりすることができる。

 歩行分析計には、3軸加速度センサが搭載されている。患者は、専用のベルトに歩行分析計を入れて腰に付けるだけでよい。歩行時に床を蹴ったり床に着地したりしたときに床から受けた反力が下肢を通じて腰に伝わり、その際の衝撃を加速度センサが計測・記録する。記録された加速度のデータを分析することで、歩行の周期や力強さ、体のバランスといったさまざまな情報を得られる。
〔以下、日経ものづくり2011年11月号に掲載〕

図1●「見守りゲイト」の計測器一式
ベルトに歩行分析計を入れ、体に巻くだけでよい。計測した加速度データを分析し、治療や診断に活用する。分析ソフトも含めたシステム全体の価格は94万800円。

パナソニックヘルスケア●高品位人工歯(フレーム加工)

新素材が生きる設計を伝授

 パナソニックヘルスケア(本社愛媛県東温市)は、歯科業界向けの人工歯事業に進出した。これまで多数の医療機器を手掛けてきたが、歯科業界向けは初めて。医療機器の経験が豊富とはいえ、新たに参入した歯科業界は全く世界が違った。

 人工歯は、欠損した天然歯の機能を補うための医療機器である。この定義に当てはまるものは多いが、そのうち同社が手掛けるのは、セラミックス製の人工歯によって天然歯の形状や色をかなり忠実に再現するタイプだ。具体的には、歯根部は残っているものの、歯冠部が失われた場合などに、それを補うために装着する。

 こうした人工歯で最も多いのは、金属製の「クラウン」や「ブリッジ」と呼ばれる補綴物である。金属製の補綴物は公的医療保険(健康保険)が適用されることから、数としては圧倒的に多い。しかし、金属アレルギーを持つ人には使えない他、装着するには特に問題のない部分まで天然歯を多く削らなければならないという問題がある。

 その点、セラミックス製の人工歯であれば金属アレルギーの人にも使えるし、天然歯を削る量も最小限で済む。見た目も天然歯に似ている。従って、1歯当たり約15万円と非常に高価だが、安全性や低侵襲性、見栄えを重視する人を中心に利用が広がっている。天然歯を削る量が少なければ、歯科医師の負担軽減にもなる。
〔以下、日経ものづくり2011年11月号に掲載〕

山科精器●扱いやすい吸引嘴管、洗浄吸引カテーテル

使ってもらいながら仕様を決定

 「自動車や船舶に関連した仕事は、今は主力でも、いつまで日本に残るか分からない。それならば将来性を感じる分野に早く出た方がいい」。山科精器(本社滋賀県栗東市)代表取締役社長兼CEOの大日常男氏は、同社が医療機器事業に進出した理由をこう語る。

 同社は、もともと工作機械や熱交換器、油圧機器のメーカーである。その同社が開発した医療機器が、吸引嘴管と洗浄吸引カテーテルだ(図2)。いずれも、市場には既に競合他社の製品が存在している分野だが、同社は医師との共同開発によって使い勝手を飛躍的に高めた。
〔以下、日経ものづくり2011年11月号に掲載〕

図2●山科精器が開発した医療機器
上は外科領域で用いる「吸引嘴管」、下は内科領域で用いる「洗浄吸引カテーテル」。

朝倉染布●ワンタッチで装着できる心電計用電極布

水着のノウハウで通電性を確保

 「これが、うちの屋台骨を支える主力事業になるかもしれない」。朝倉染布(本社群馬県桐生市)代表取締役社長の朝倉剛太郎氏が、こう話しながら差し出したのが、心電図を測定する際に使う電極布である〔図3(a)〕。

 一般的な心電計は、心臓周辺の6カ所と手首および足首に電極を取り付け、生体電流を測定して心臓の鼓動の様子をグラフとして表示する。これまでは、心臓の周辺の6カ所は吸盤付き電極、手首と足首はクリップ状の電極を使っていた。これに対し、大日本住友製薬と共同で開発した電極布は、1枚の布の上に6個の電極を一体化しているので、これを使えば、1度に6個の電極を患者に装着できるのだ。

 1892年創業の朝倉染布は、もともと地元桐生の名産品である絹織物を手掛けていたが、現在の主力事業は水着向け生地の染色やプリント加工である。もちろん医療分野とは無縁だった。その同社が電極布を開発することになったのは、数年前に大日本住友製薬から依頼されたのがきっかけだった。

 大日本住友製薬は当時、可搬型の心電計「レーダーサーク」を手掛けており、その使い勝手を高めるために電極を集約できる電極布のアイデアを持っていた。そして、その電極布に朝倉染布の水着のプリント加工技術が生かせると考えたのである。

 小型軽量のレーダーサークは可搬型の特徴を生かし、主に救急車などの救急救命医療の現場で使われている。そのため、すばやく簡単に使えることが何よりも重要となる。吸盤付き電極だと、6個をそれぞれ決まった位置に装着する必要があるので、時間がかかりミスが起きる可能性もある。その点、布の上に電極を一体化した電極布があれば、患者に簡単に装着できるというわけだ。
〔以下、日経ものづくり2011年11月号に掲載〕

図3●すばやく心電図を測定できる電極布
ベッド上方に見える一般的な吸盤付き電極は、6個の電極をそれぞれ所定の位置に取り付ける必要がある。これに対して、その下に置いた電極布は6個の電極が一体化しているので素早く装着できる(a)。加えて、伸縮性が高いので体形の違いにも柔軟に対応できる(b)。

ウシオ電機●副作用が小さい紫外線治療器

最先端の研究を基に波長を選択

 ある皮膚科の医師は言った。「皮膚の色素が抜ける白斑や皮膚が角化する乾せん、アトピー性皮膚炎といった、自己免疫が暴走して起こる疾患は、紫外線を照射することで抑えられる。その一方で、紫外線には皮膚の一部が赤くなる紅斑や発ガンなどの副作用を引き起こす恐れがある」。

 この医師の「あったらいいな」はズバリ、紫外線治療器。しかし、それには副作用という大きなリスクがあると頭を抱える。ここからが技術者の出番だ。上述の医師のニーズを聞いた、ウシオ電機事業本部第三事業部光システムユニットBU営業部長で桐蔭横浜大学医用工学部研究員の木村誠氏は、「(上述のような皮膚疾患に対し)治療効果を高めつつ副作用を極力抑えられる光、すなわち波長を選択すれば良い」と考えた。

 紫外線の波長は可視光線より短く軟X線より長い10n~400nm。医師は「紫外線(UV-A、UV-B)を使いたい」とまでは口にするものの、波長までは特定しない。そこで木村氏は、これまで半導体や液晶などの分野で培ってきた光に関する知見を生かして、紫外線の中からピンポイントで最適な波長を見極めようとしたのである。
〔以下、日経ものづくり2011年11月号に掲載〕

医療機器はこうつくる

使い手をよく知るための8つのポイント
監修:木村浩実(クオリス・イノーバ)、作成:日経ものづくり

 医療機器事業への進出では、まずは日本市場で着実に成功を狙う企業が多い。だが、医療機器の開発支援を手掛けるクオリス・イノーバの木村浩実氏は「最初から米国を目指した方がよい」と語る。米国市場は世界で最も大きく、品質のよい製品が実力通りに評価されるからだ。米国は、規制当局である食品医薬品局(FDA)の査察が厳しいことでも有名だ。とはいえ、それを乗り越えられるだけの実力を付ければ、世界中で売れることになる。そこで、FDAの査察にも詳しい木村氏監修の下、世界に進出するための足掛かりとなるキーポイント集を作成したので役立ててほしい。
〔以下、日経ものづくり2011年11月号に掲載〕