2012年3月号までは、既存のコラム「ホンダ イノベーション魂!」を引き続きお届けします。ホンダ イノベーション魂!は、独創的な技術開発で成功するために、研究開発者は何をすべきかを解き明かしていく実践講座です。

おまえら、ボーナスは要らないな

 開発中のエアバッグの実車搭載試験を米国で行うためにAmerican Honda Motor社トップの雨宮高一さんを説得した時のエピソードを、前回(2011年9月号)紹介した。その際に、死に物狂いで説得したことがもう1回あると書いた。今回は、その話から始めたい。

「もう開発はやめよう」

 説得の相手は、前回も登場した下島啓亨さん。ホンダは、技術開発をR(研究)とD(開発)に分けて考えており、下島さんはRの方を担当する役員だった。下島さんを説得したのは、筆者がエアバッグ開発の責任者になった翌日。エアバッグの開発が始まってから11年目の1982年4月のことだった。

 筆者は、今後の開発日程をまとめて下島さんに報告しに行った。すると、何か変な雰囲気なのだ。渡した日程表は見ないし、筆者の説明も全く聞かない。おかしいな、と思っていたら突然、「なあ、小林君。エアバッグはやめよう」と言うではないか。そして、「君には他にやってもらいたいことがいっぱいある」と続けた。

 筆者は、その瞬間に頭に血が上った。開発責任者になった翌日に言うべきことではない。中止するなら新しい開発責任者を置く必要はないからだ。

〔以下、日経ものづくり2011年10月号に掲載〕

小林三郎(こばやし・さぶろう)
中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授
1945年東京都生まれ。1968年早稲田大学理工学部卒業。1970年米University of California,Berkeley校工学部修士課程修了。1971年に本田技術研究所に入社。16年間に及ぶ研究の成果として、1987年に日本初のSRSエアバッグの開発・量産・市販に成功。2000年にはホンダの経営企画部長に就任。2005年12月に退職後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授を経て、2010年4月から現職。