東日本大震災と、福島第一原子力発電所の炉心溶融事故──。それまで何の疑いもなく信じてきた、エネルギを豊かに使える社会、安心・安全な社会が、実は砂上の楼閣だったことに、多くの人々が気付かされた。復興に向けては、あらためてエネルギの在り方、安心・安全の在り方を考えなければならない。一方で研究開発の現場に目をやれば、既に、その種はまかれ、育ち始めている。日本の技術者が地道に進めてきた研究に目を向ける時が来た。日本を再び夢のある社会にする、期待の研究開発を追った。(日経ものづくり編集部)

エネルギ編:超電導

リニアから在来線までを省電力化

 磁気浮上式リニアモータカーをはじめ、鉄道のさまざまな分野での応用が期待される超電導技術。東海旅客鉄道(JR東海)が2027年開業の計画を打ち出したリニア中央新幹線の主要な技術なのはもちろんのこと、将来は、在来線でも蓄電装置や送電ケーブルへ超電導技術の導入が見込まれている(図1)。

 鉄道以外でも適用範囲は広い。MRI(核磁気共鳴画像)装置や汚水処理など、強力な磁場を必要とする装置やシステムでの活用が想定される。

 特に今後期待されているのが、高温超電導材の活用だ。より少ないエネルギでリニアモータカーを走らせたり、在来線における送電時ロスを減らしたりできる。軸受へ適用すれば、低損失で大型の蓄電用フライホイールが実現でき、回生エネルギの有効活用が可能となる。
〔以下、日経ものづくり2011年9月号に掲載〕

図1●JR東海のマグレブ「MLX01-1」
2005年の愛知万博に展示されていたもの。

エネルギ編:光電変換デバイス

照明が小型機器の電源になる

 照明の光をリモコンや時計の電源にしたり、給電配線なしで家庭中にセンサ・ネットワークを張り巡らしたり──ロームはそうした環境を実現するための太陽光発電パネルの開発を進めている。それが色素増感型光電変換デバイス(Dye Sensitized Solar Cell、以下DSC)だ。

 太陽光発電といっても、同社がDSCの光源に利用しようとしている光は室内光。照明に投入したエネルギの一部をDSCで回収し、家庭内の小型機器の電源にするというビジョンを描く。

 DSCは、光を吸収した色素が電子を放出する現象を利用して発電する。酸化チタン(TiO2)の微粒子から成るナノポーラス膜の表面に色素を吸着させ、それを電解液とともに透明電極を設けた2枚の基板で挟み込むという、比較的単純な構造をしている(図2)。
〔以下、日経ものづくり2011年9月号に掲載〕

図2●色素増感型太陽電池(DSC)の原理
TiO2のナノポーラス膜に色素分子を吸着させた光半導体膜を、電解液とともに基板に封止してある。色素に光が当たると電子が放出され電流が流れる。ロームの資料を基に本誌が作成。

エネルギ編:宇宙太陽光利用システム

太陽を安定的なエネルギ源に

 宇宙太陽光利用システム(Space Solar Power Systems:SSPS)とは、高度3万6000kmの静止軌道上(宇宙空間)で太陽光を集めて、マイクロ波やレーザの形で地上へ送り届けるエネルギ供給システムのことだ(図3)。2035年に100万kW級のエネルギ伝送を実用化すること目指し、研究開発が進んでいる。

 地上における太陽光利用と最も異なるのは、自然条件に大きく左右されないことだ。我々が暮らす地上が夜になろうと天候が悪くなろうと、静止軌道上にはほとんど常に太陽光が届く。このため、地上における太陽光発電と比べて単位面積当たりの年間利用可能エネルギ量は5~10倍になるという。

 「国土が狭い日本にとっては地上での太陽光や風力の利用にも限界がある。そのため、世界で見ても日本が最も研究開発に力を入れている」〔宇宙航空研究開発機構(JAXA)研究開発本部未踏技術研究センター高度ミッション研究グループの藤田辰人氏〕という未来のエネルギ源だ。地震や津波などの影響を受けない宇宙空間に主要なシステムの多くが存在するため、受信設備さえ用意すれば災害地や離島へのエネルギ供給を実現しやすいというメリットもある。
〔以下、日経ものづくり2011年9月号に掲載〕

図3●SSPSによるエネルギ伝送の概念
マイクロ波方式では宇宙空間で太陽電池によって発電し、そのエネルギをマイクロ波によって地上へ伝送する。一方のレーザ方式では、宇宙空間において太陽光でレーザを直接励起し、地上でレーザから電気に変換する。
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エネルギ編:浮体式洋上風力発電

大規模発電所は海の上に造る

 海に風車を浮かべるという、新しい風力発電が実用期を迎えつつある。日本では太陽光発電の注目度が高いが、世界的に見ると風力発電が圧倒的している。2010年末の日本の太陽光発電と風力発電の導入量(発電容量ベース)は、それぞれ約360万kW(REN21調べ)と230万kW(日本風力発電協会調べ)で太陽光の方が多い。ところが、世界に目を転じると同じ2010年末では太陽光発電4000万kW(REN21調べ)に対し、風力発電は1億9800万kW(同)と5倍近いのだ。

 日本で風力発電の普及がなかなか進まないのは、強い風が吹く地域が少ない、山間部が多く設置コストがかかる、といった理由による。しかし、ここにきて状況が大きく変わり始めた。新たな設置場所が海へと開けてきたからだ。
〔以下、日経ものづくり2011年9月号に掲載〕

エネルギ編:溶融塩電解液電池

資源の不安も火災の危険も払拭

 現在、高出力で高エネルギ密度の2次電池の代表格といえば、リチウム(Li)イオン電池である。携帯電話機などの小型のものからハイブリッド車(HEV)/電気自動車(EV)といった大型のものまで、機器搭載用の電池として幅広く使われている。そればかりでなく、太陽光発電や風力発電といった自然エネルギから変換した電力の貯蔵用や、オフィスビルや工場などのバックアップ電源としても利用されている。

 ただし、Liイオン電池の場合、可燃性の電解液を使うため、高温で熱暴走する危険性をはらむ。資源の観点からも、Liは南米や中国、オーストラリアなどに偏在しているため、安定調達への不安をぬぐいきれない。
〔以下、日経ものづくり2011年9月号に掲載〕

インタビュー:「材料」と「融合」で攻めろ

高須秀視●ローム常務取締役研究開発本部長

 白物家電から鉄道システム、人工衛星まで幅広い製品を扱う三菱電機は、一般消費者向中国をはじめとする新興国の台頭やグローバル化の進展で、日本は何を造るべきかが大きく問われている。5年後、10年後に勝ち残るには、明日の事業の種である研究開発が何より重要になる。どのような種をまき、どのように育てたら良いのか──。研究開発に定評のあるロームに聞いた。(聞き手は本誌編集長 荻原博之)

 海外を含めて、研究開発を取り巻く状況に変化はありますか。

 今、中国や台湾の企業が変わりつつあります。一昔前のような単なる生産拠点ではなく、設計拠点としての色彩が濃くなってきました。それだけ開発に力を入れてきたということです。
 先日、私は講演を頼まれて台湾に行ってきました。「次の開発のネタをどう考えたらいいのか話してほしい」と言うのです。これまではひたすら造ることにまい進してきた台湾が、それだけでいいのか、次に何を造るべきかと、ものづくりにおける「WHAT」の部分を真剣に考え始めた。中国や台湾がこうしたフェーズに入りだしたということは、日本はもっともっと先を走っていないと、すぐに追いつき追い越されてしまいます。研究開発の重要性はますます高まってきたといえるでしょう。
 ただ最近の研究開発は、新しく何かを産み出しても、そこから利益を得られる期間がだんだんと短くなっているので難しくなっています。昔は、1つの成果で長い間エンジョイできましたが、今はそれがすぐに陳腐化してしまう。造るものを頻繁に変えていかなければいけない時代に入ってきました。だからこそ、常に走り続けていなければなりませんし、研究開発の効率をこれまで以上に高めていかなくてはなりません。
〔以下、日経ものづくり2011年9月号に掲載〕

安心・安全編:ホウ素中性子捕捉療法

破壊するのはがん細胞だけ

 日本人の死因として最も多いのは、がん(悪性腫瘍)だ。悪性腫瘍の死亡率は、1981年に脳血管疾患を抜いて1位になり、その後も上昇し続けてきた。現在は、日本人の約3割が悪性腫瘍で命を落としている。

 医療技術は日々進歩しているのに、なぜ悪性腫瘍の死亡率が上がるのか。それは、医療技術の進歩によって日本人の寿命が劇的に延びたからである。すなわち、従来は悪性腫瘍の発症前に別の疾病で死んでしまうことが多かったが、現在はさまざまな疾病の治癒率や再発率が改善されたことで、高齢になって悪性腫瘍という難敵と向き合わなければならなくなった人が増えてきたのである。

 当然、悪性腫瘍の治療法に関しても多種多様な研究が進んでいる。その中でも注目されているのが、ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy:BNCT)だ。がん細胞だけを選択的に破壊できることから、侵襲性の低い画期的な治療法として国内外で期待が高まっている。
〔以下、日経ものづくり2011年9月号に掲載〕

安心・安全編:農作業ロボット

耕作農地の拡大で自給率向上へ

 食の安心・安全を確保するための1つの方策が、食料の自給率向上である。しかし、日本における農業の現状は厳しい。2010年の農業就業人口は261万人と、10年前に比べて33%、5年前と比較し22%減少している。平均年齢も2000年の61.1歳から2010年には65.8歳と高齢化が進んでいる。

 一方で、農家の経営規模の大型化が進んでいるが、実態としては小さな農地の集合体で、分散化している。このため、単一かつ広大な海外の農地とは異なり、「大型の機械を使った効率化に限界がある」〔農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)中央農業総合研究センター作業技術研究領域上席研究員で農作業ロボット体系プロジェクトプロジェクトリーダーの玉城勝彦氏〕のが現状だ。結局、ある程度の人数が必要になってしまう。

 こうした状況を打破するために期待されているのがロボットによる農作業の自動化である。1人で複数の農作業ロボットを同時に管理できれば、分散した多くの農地の作業を少ない人数で進められる。
〔以下、日経ものづくり2011年9月号に掲載〕

安心・安全編:RO(逆浸透)膜

膜技術が世界の水問題を救う

 世界人口69億人のうち、生活用水を含む飲料水が日常的に得られない人は9億人、下廃水の処理など衛生設備のない人は26億人とされる。水に恵まれた日本にいると、この現実は容易には想像しにくいが、水不足や水質汚染などの水問題は、食糧やエネルギと並ぶ、私たち人類の喫緊の課題の1つである。

 水問題が今日ほど大きく取り沙汰される以前から、東レは、水処理用分離膜の研究に注力してきた(図4)。同分離膜は、分離対象物質の大きさに合わせて4種類あるが、同社は世界で唯一全てを自社技術で開発し保有する。

 そんな東レが同分離膜を研究し続ける目的は明確だ。世界中の人たちに安くて安全・安心な水を届けたい。水の「質」と「量」の安定確保のために、同社はゴールなき研究を続けている。
〔以下、日経ものづくり2011年9月号に掲載〕

図4●アフリカ最大の海水淡水化プラント
アルジェリアの首都アルジェ近郊に建設した。1日当たりの造水能力は20万m3。2008年2月に稼働を開始した。写真提供:GE Water & Process Technologies

安心・安全編:渋滞解消システム

渋滞も事故もないクルマ社会へ

 「世界中の渋滞を日本発の技術で解消したい」。ホンダはこんな壮大な目標を掲げた研究を推進している。2010年11月と2011年5月には、渋滞学の提唱者である東京大学先端科学技術研究センター教授の西成活裕氏の協力の下、実車による実証実験を実施。その効果を確認した。

 実はこの新技術、渋滞の解消を目的としながらも事故の予防と燃費の向上を同時に達成する優れもの。開発を手掛ける本田技術研究所の中でも「予防安全」という分野の「環境対応」に位置づけられている。現在、数年後の商品化を目指してイメージを固めている段階。具体的には、運転席横にスマートフォンなどを置いて利用するシステムだ。次の10年の経営方針として同社が掲げる「(良いものは)早く、安く、低炭素で」の実現を目指している。

 渋滞と事故と燃費。新技術はドライバーのこの3重苦をどう解決しようとしているのか。渋滞が燃費悪化につながる点は想像に難くないが、事故予防との関連性が見えにくい。この点については、渋滞発生のメカニズムをひも解くと見えてくる。
〔以下、日経ものづくり2011年9月号に掲載〕

安心・安全編:次世代構造解析

「力の通り道」が設計を変える

 CAEによる構造解析の分野で、力の伝わる経路を可視化する試みが進んでいる。何かの荷重を受けて支えるのが構造物の役割であり、この役割を果たすように設計する上で、荷重がどこを伝わっていくかは重要な問題だ。

 ところが、これまでの構造物設計では、荷重がどこにどれだけかかるかの検討は十分でも、荷重がどこを通るかについては定量的に検討されていない。設計者はばくぜんと、構造物の中でどの部材が主に荷重を負担するのか、といったことは考えているはず。しかし、この荷重の通り道をはっきりと示すような技術はこれまで使われていなかった。

 もし荷重の通り道がはっきり分かれば、構造物の本質的な働きを大局的に捉える手段になる。設計の初期段階から剛性が高く安全な、それでいて材料が少なくて済む構造を選べる。従来とは異なった、革新的な構造物が生まれる可能性もある。
〔以下、日経ものづくり2011年9月号に掲載〕