「ホンダ イノベーション魂!」は、独創的な技術開発で成功を手繰り寄せるために、技術者は何をすべきかを解き明かしていく実践講座。数多くのイノベーションを実現してきたホンダでエアバッグを開発した技術者が、イノベーションの本質に迫る。

 「ああ、やられた」という表情を浮かべながら、ホンダの技術者が口にする言葉がある。それは「2階に上げられて、はしごを外された」である。

 例えば、2009年2月にホンダが発売したハイブリッド車「インサイト」の開発責任者の関康成さんもそうだ(図)。本誌の取材に対して「2階に上げられてはしごを外された上に、床に火まで放たれた。もう、(目的に向かって)登っていくしかなかった」と答えている1)。

 このプレッシャーのもとになったのは、開発初期の2006年5月、当時の社長が記者会見で「お求めやすい価格のハイブリッド車を、2009年に発売する」と宣言してしまったことだった。メドが立っていない段階で発売の期限を切られた上に、価格帯まで決められてしまったのだ。

〔以下、日経ものづくり2011年8月号に掲載〕

図●ホンダのハイブリッド車「インサイト」
インサイトの189万円からという価格は、ハイブリッド車の中で当時最も安かった。現在ではホンダの「フィット ハイブリッド」が最も安く、価格は159万円から。

小林三郎(こばやし・さぶろう)
中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授(元・ホンダ 経営企画部長)
1945年東京都生まれ。1968年早稲田大学理工学部卒業。1970年米University of California,Berkeley校工学部修士課程修了。1971年に本田技術研究所に入社。16年間に及ぶ研究の成果として、1987年に日本初のSRSエアバッグの開発・量産・市販に成功。2000年にはホンダの経営企画部長に就任。2005年12月に退職後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授を経て、2010年4月から現職。