本田技術研究所は以前、全く業種の異なるA社との間で、研究員の交換留学をやったことがある。7~8人の若手・中堅の技術者を2カ月間、互いの研究所に派遣する予定だった。いわば「他人の飯を食う」経験をさせようとしたのだ。
ところが、これは大失敗だった。派遣された技術者はどちらも「仕事にならない」と不満を募らせ、結局1週間で中止になった。その理由が振るっている。A社から本田技術研究所に来た技術者の不満は「指示が曖昧で何をやったらいいのか分からない」というもの。一方、本田技術研究所からA社に派遣された技術者の不満は「『あれをやれ』『これをやれ』と、やたらと指示が細かくて仕事にならない」というものだった。双方の不満は正反対だったのである。
ホンダは「自律」「信頼」「平等」を柱とする「人間尊重」を、「ホンダの哲学」の2本柱の1つとして掲げている(図)。これは単なるお題目ではなく、ホンダの人たちには魂のレベルで根付いている。しかし、自律、信頼、平等は一般的な概念なので、概念自体を説明しても本質はつかめない。今回は、ホンダの技術者の実際の行動の中でこの3つがどう生かされているか、筆者の体験を中心に紹介したい。
〔以下、日経ものづくり2011年7月号に掲載〕
中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授(元・ホンダ 経営企画部長)