「ホンダ イノベーション魂!」は、独創的な技術開発で成功を手繰り寄せるために、技術者は何をすべきかを解き明かしていく実践講座。数多くのイノベーションを実現してきたホンダでエアバッグを開発した技術者が、イノベーションの本質に迫る。

 本田技術研究所は以前、全く業種の異なるA社との間で、研究員の交換留学をやったことがある。7~8人の若手・中堅の技術者を2カ月間、互いの研究所に派遣する予定だった。いわば「他人の飯を食う」経験をさせようとしたのだ。

 ところが、これは大失敗だった。派遣された技術者はどちらも「仕事にならない」と不満を募らせ、結局1週間で中止になった。その理由が振るっている。A社から本田技術研究所に来た技術者の不満は「指示が曖昧で何をやったらいいのか分からない」というもの。一方、本田技術研究所からA社に派遣された技術者の不満は「『あれをやれ』『これをやれ』と、やたらと指示が細かくて仕事にならない」というものだった。双方の不満は正反対だったのである。

 ホンダは「自律」「信頼」「平等」を柱とする「人間尊重」を、「ホンダの哲学」の2本柱の1つとして掲げている(図)。これは単なるお題目ではなく、ホンダの人たちには魂のレベルで根付いている。しかし、自律、信頼、平等は一般的な概念なので、概念自体を説明しても本質はつかめない。今回は、ホンダの技術者の実際の行動の中でこの3つがどう生かされているか、筆者の体験を中心に紹介したい。

〔以下、日経ものづくり2011年7月号に掲載〕

図●ホンダはWebサイトでも人間尊重の哲学をアピールしている
人間尊重はホンダの哲学の2本柱の1つ。自立に関しては、最初は「自律」という文字が充てられていたが、現在、ホンダのWebサイトでは「自立」となっている。本連載では自律を用いている。ホンダの哲学のもう1つの柱は「3つの喜び」(作る喜び、売る喜び、買う喜び)で、これについては第4回「哲学と独創性の加速装置」(2010年7月号)で紹介した。

小林三郎(こばやし・さぶろう)
中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授(元・ホンダ 経営企画部長)
1945年東京都生まれ。1968年早稲田大学理工学部卒業。1970年米University of California,Berkeley校工学部修士課程修了。1971年に本田技術研究所に入社。16年間に及ぶ研究の成果として、1987年に日本初のSRSエアバッグの開発・量産・市販に成功。2000年にはホンダの経営企画部長に就任。2005年12月に退職後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授を経て、2010年4月から現職。