ルネサス・ショック

 東日本大震災が発生した2011年3月11日。ルネサス エレクトロニクス 代表取締役会長の山口純史氏は、東北地方に点在する半導体工場から続々と送られてくる被害報告を東京の本社で聞いていた。その中に一つだけ報告が来ない半導体工場があった。茨城県ひたちなか市にある那珂工場である。自動車向けマイコンで世界シェア44%を握る同社にとって、主力となる工場だ。

 偶然つながった内線電話によって、那珂工場が大きな被害を受けたことを知ったのは、同日の夕方ごろだった。山口氏をはじめとする同社の経営幹部は即座に調査チームを派遣したものの、道路が寸断されていて現場にたどり着くことすらできなかった。被害状況の全容が明らかになったのは、震災から実に10日後のことである。

 24時間体制での復旧を指示した山口氏らは、驚くべき光景を目の当たりにする。顧客である自動車メーカーが、応援の人員を続々と送ってきたのだ。「長年、半導体業界に携わっているが、こんな経験は初めてだった」(山口氏)。その数は最大で2500人/日にも達した。自動車メーカーにとってルネサス エレクトロニクスのマイコンはカスタム色が強く、すぐに他社製品に切り替えることが難しい。このため、自動車メーカーは那珂工場の復旧を加速するしかないと考え、自ら人員を派遣したのだ。

『日経エレクトロニクス』2011年6月13日号より一部掲載

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第1部<総論>
部品調達体制を再構築
見える化と事業継続性がカギ

エレクトロニクス関連の機器メーカーが、サプライ・チェーンの再構築に向けて動きだした。震災を機に、自らのサプライ・チェーンの脆弱さを痛感したからだ。再構築のキーワードは、「見える化」と「事業継続計画(BCP)」の強化である。

サプライ・チェーンの抜本改革へ

 「サプライ・チェーンをどうすべきか早急に考えろと、社長に厳命されている」(国内機器メーカーの調達担当者)──。東日本大震災によって供給が滞った部品の確保に奔走する機器メーカー。必要な数量の部品を確保できなければ、機器の生産に支障が出て、業績に多大な影響を及ぼす。その部品確保と同様に喫緊の課題として突き付けられているのが、サプライ・チェーンの見直しである。

 機器メーカーの多くは、これまでサプライ・チェーンに潜むリスクについて必ずしも十分に注意を払ってきたとは言えない。今回の取材を通して機器メーカーから、「被災したメーカーがあんなに高いシェアを持っているとは知らなかった」「部品を複数社から購買して安心していたが、元をたどれば1社の材料メーカーに行き着くことが判明した」「主要部品のリスク管理は徹底していたのだが…」などという言葉が次々と飛び出した。

 実際、震災直後はサプライ・チェーンへのダメージを把握することすらままならない状況だった。「数百社に上る取引先に電話をかけて確認するしか手段がなかった」(国内大手機器メーカー)という。すべての取引先を確認するのに1週間程度かかったとする機器メーカーが多い。サプライ・チェーンの専門家は「サプライ・チェーン全体が見えていない証拠だ」(東京工業大学 大学院社会理工学研究科 経営工学専攻 教授の圓川隆夫氏)と、手厳しい。

 今後、再び震災など不測の事態が発生した場合に備えて、自らのサプライ・チェーンをどのように強化したらいいのか。機器メーカーは、「調達リスクの低減」と「生産の効率化」という相反する課題の解を求めて頭を悩ませている。

『日経エレクトロニクス』2011年6月13日号より一部掲載

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第2部<主要部品の動向>
急ピッチで進む復旧作業
在庫切れとの闘いが続く

東日本大震災で被災した部品・部材メーカーは、急ピッチで復旧作業を進めている。2011年6月以降は半導体などで在庫が切れるなど、部品不足の問題は予断を許さない。電子機器を支える中核部品の供給動向について、現状と今後を探る。

 2011年3月11日に発生した東日本大震災により、東北・関東地方に拠点を構えるエレクトロニクス関連企業の生産工場の多くは甚大な被害を受けた。

 東北・関東地方には、エレクトロニクス機器に搭載される半導体やディスプレイ、電子部品、電池などの中核部品の工場だけでなく、その生産に必要となる部材や製造装置の工場が数多く存在する。主要部品の多くは、買い手である機器メーカーと売り手である部品メーカーの双方で2~3カ月程度の在庫を抱えていたことが幸いし、今のところ、マイコンを中心とする半導体やAl電解コンデンサを除いて、部品不足の問題は深刻化していない。

 震災直後から、被災した部品・部材・製造装置メーカーは、当初の想定以上のペースで生産工場の復旧作業を進めてきた。震災から約3カ月が経過した現在、多くの工場では生産設備の復旧が完了し、通常稼働に戻っている。

6月以降に危機が来る可能性も

 ただし2011年6月以降、「在庫が尽きてくることで、主要部品の不足が問題になる」と指摘する業界関係者は少なくない。

『日経エレクトロニクス』2011年6月13日号より一部掲載

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