「ホンダ イノベーション魂!」は、独創的な技術開発で成功を手繰り寄せるために、技術者は何をすべきかを解き明かしていく実践講座。数多くのイノベーションを実現してきたホンダでエアバッグを開発した技術者が、イノベーションの本質に迫る。

 これまで、“想い”があるかどうかが、イノベーションの成否を分けると指摘してきた。しかし、想いという言葉は漠然としている。そんな漠然としたものにイノベーションの成否を懸けてよいのだろうか。

 イノベーションは、長期にわたって成果が出ず、しかも孤独な仕事なので、熱い想いがないと継続して取り組めない。この点に異論はないだろう。しかし、想いだけが空回りをして技術開発が一向に進まないこともある。空回りを避けるには、可能な限り多くのデータを集め、論理的に分析して正解を導き出すのがよいと一般的にはいわれている。だから、データを効率的に収集したり、それを論理的に分析したりする能力が重要、という具合に話が進む。しかし、未踏領域に挑むイノベーションには、そもそもデータが存在しないので、分析のしようがない。結局、技術者の個人的な想いに戻ってしまう。これでは堂々巡りだ。

 ホンダのイノベーションでは、発想の出発点を変えることによって、この堂々巡りから離脱している。それは、(イノベーションにおいては)論理と分析には目もくれず最初から想いを中心に置き、想いの曖昧さを徹底的にそぎ落とし、空回りしない正しい方向に導くというものだ。未踏領域のイノベーションでは正しい方向は分からないので、正確には「正しい方向に導く」ではなく、「正しい方向を探すアプローチを熟慮させる」といった方がいいかもしれない。要は、想いと熟慮を直結させるのだ。そして、その役割を担うのが上司、最終的には経営トップなのである。

〔以下、日経ものづくり2011年6月号に掲載〕

小林三郎(こばやし・さぶろう)
中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授(元・ホンダ 経営企画部長)
1945年東京都生まれ。1968年早稲田大学理工学部卒業。1970年米University of California,Berkeley校工学部修士課程修了。1971年に本田技術研究所に入社。16年間に及ぶ研究の成果として、1987年に日本初のSRSエアバッグの開発・量産・市販に成功。2000年にはホンダの経営企画部長に就任。2005年12月に退職後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授を経て、2010年4月から現職。