日本の自動車メーカーが震災からの復興に取り組む間も、世界の自動車業界は大きく動いている。欧州に加えて米中でも燃費規制が急ピッチで強化される一方、市場の中心が新興国にシフトし、そこで売れる商品を開発できるかどうかが企業の生き残りを左右するようになってきた。環境/新興国の両面作戦で、研究開発リーダーの舵取りが問われる。

Part 1:2025年への助走

中国・米国でも進む燃費規制強化 新興国の市場ニーズに対応遅れる日本

「環境対応」に加えて「新興国」が研究開発の重点テーマとして浮上してきた。このうち環境対応では、各社が電動化とエンジンの改良を進め、世界的に強化が進む厳しい燃費規制を乗り切ろうとしている。一方、新興国への取り組みでは、最大市場の中国で日本メーカーがシェアを落としている。現地のニーズを的確に反映する開発体制が必要だが、取り組みは緒についたばかりだ。

 東日本大震災が起こる2日前の2011年3月9日、トヨタ自動車は都内で2015年に向けた事業方針説明会を開催した。同社社長の豊田章男氏が、これから力を入れていく2大テーマとして挙げたのが「環境対応車」と「新興国」の二つである。
 同社は環境対応車について、2012年末までに約10車種のハイブリッド車(HEV)を投入するのに加え、「プリウス」ベースのプラグインハイブリッド車(PHEV)を2012年初めまでに市販を開始するほか、「iQ」ベースの電気自動車(EV)を2012年から市場に導入する方針をすでに表明している。3月9日の会見でも、全方位に取り組むことを改めて強調した。
 一方新興国については、同社の世界販売に占める先進国と新興国の比率が、2010年の6:4から、2015年には5:5になると予測する。「日米欧と新興国でバランスの良い事業構造になる」(豊田氏)。新興国では、新開発の戦略車「Etios」など、現地生産モデルを強化する。生産体制も拡充する。2012年からは日米欧で新規工場の稼働を極力控えるのに対し、新興国ではニーズに合わせて新規の生産工場を検討する。

以下、『日経Automotive Technology』2011年7月号に掲載

Part 2:インタビュー編

トヨタ自動車
PHEVが最も現実的な解 新興国には地域に応じた商品を

エンジンの燃費向上にはダウンサイジングも考慮
排熱の有効活用でハイブリッドシステムの効率向上
独資の新会社で中国での研究開発機能を充実

――震災で生産台数の回復に時間がかかっています。
 新潟県中越沖地震で、ピストンリングメーカーのリケンが被災した経験もあり、戦略的な部品のサプライチェーンは、リスクを考慮して構築してきたつもりです。しかし、例えば仕入れ先を二つに分けたつもりでも、その先でつながっているケースなどもあり、復旧に思いのほか時間がかかっています。現在、これまでよりもっと先のサプライチェーンまで含めたリスク対応について検討しているところです。
――今回の震災では、燃料不足で燃費のいいクルマが注目されました。
 我々にはハイブリッド車(HEV)という武器がありますから、これの割合を増やしていくというのが燃費向上の基本的な戦略ですが、新興国市場なども含めれば、2020年時点でも、まだ通常のエンジン車が半分以上を占めると予想されます。エンジン、変速機の改良も引き続き重要です。
――エンジンの改良では、どんな技術を有望視していますか。
 大きく二つの方向があると思います。一つは過給と組み合わせたエンジン排気量のダウンサイジングで、これに直噴技術や、アイドリングストップ技術を組み合わせるものです。もう一つは、アトキンソンサイクルなど、燃焼そのものを見直すという方向です。どちらも、技術の問題というよりは、商品としていつ出すか、という問題です。特にエンジンのダウンサイジングは、世界的な流れになっていますので、我々もしっかり対応していきたいと思っています。

以下、『日経Automotive Technology』2011年7月号に掲載

日産自動車
1モータ・2クラッチを前輪駆動車にも 中国での成功は開発現地化の成果

PHEVは費用対効果が課題
「リーフ」のユーザーはあまり航続距離を問題にしていない
電池はAESC製が主力であることは変わらないが、外部購入の可能性も

――2010年は、大幅に燃費を向上させた車種を発売しました。
 新型「マーチ」や新型「セレナ」などを発売しました。当社でもこれまで、直噴エンジンや連続可変バルブリフト機構などを導入してきましたが、今後はマーチやセレナに採用したアイドリングストップ機構などの技術を横展開して、いかに普及させるかがカギになります。
――欧州ではダウンサイジングが進んでいます。
 内燃機関の燃費を向上させる一つの手段だとは思いますが、これですべての問題が解決するわけではありません。多様な技術の中の一つという位置付けです。
――1モータ・2クラッチのハイブリッドシステムを「フーガハイブリッド」で商品化しました。
 1モータ・2クラッチは我々のハイブリッドシステムのコア技術だと思っていますので、前輪駆動車への応用も含めて検討しています。今後の我々の商品展開の中で重要な位置を占めていくのは間違いありません。
――PHEVにはどう取り組みますか。
 パワートレーンの電動化にはマイルドHEV、フルHEV、PHEV、EVという流れがあるわけですが、必ずしもその順番に商品化するわけではありません。我々はまずEV、次にフルHEVを商品化したわけですが、いずれは、欠けているところを全部埋めていくことになるでしょう。ですからPHEVはまったく否定しません。ただ、ポイントになるのは費用対効果で、どのくらい買ってもらえる商品にできるかが課題になります。
――PHEVにも1モータ・2クラッチを採用しますか。
 エンジンと変速機の間にクラッチとモータを置くだけという非常にシンプルな構成なので、PHEVとも相性がいいと考えています。

以下、『日経Automotive Technology』2011年7月号に掲載

ホンダ
遊星歯車使わぬ2モータハイブリッド Li電池はブルーエナジー以外からも

「可変排気量技術」としてダウンサイジングを検討
Liイオン2次電池の採用は急速には進まない
燃料電池車には大きな可能性がある

――震災で栃木の研究所が大きな被害を受けました。
 研究所内では天井が落ちて仕事ができなくなった場所もあります。被害を受けていないところに執務スペースを集約したり、一部の人員は工場に設けたサテライトオフィスに移したりして、被災から2週間後に新車開発の業務を再開しました。
――2020年に95g/kmという欧州のCO2排出量規制をどう見ますか。
 既存の技術の延長線上ではなかなか達成し得ない厳しい規制だと思います。クルマのありとあらゆる部分の性能を向上させる必要があるでしょう。
――基本となるエンジンの改良はどう進めていきますか。
 可変排気量というのが一つの有力な選択肢になります。すでに当社でもV型6気筒エンジンで気筒休止技術を実用化しています。ダウンサイジングも一種の可変排気量技術として研究しています。
――「進化型VTEC」として開発している連続可変バルブリフト機構は。
 当社は可変バルブタイミング・リフト機構として「VTEC」を実用化していますが、非常に費用対効果の高い技術です。これに比べて、進化型VTECは費用対効果が必ずしも高くありません。

以下、『日経Automotive Technology』2011年7月号に掲載

マツダ
第2世代のSKYACTIVで もう一度世の中を驚かせたい

2015年にはSKYACTIVの搭載車両が世界生産の80%強に
2015年以降の第2世代のSKYACTIVではリーンバーンを採用
トヨタ自動車とは「長いお付き合いを」

――2011年から次世代技術「SKYACTIV」の導入が始まります。
 SKYACTIVのエンジンについて言うと、2015年に当社の世界生産に占める比率が80%強になる予定です。先進国だけに限ればもっと高くなるでしょう。これにHEVやEVの導入を組み合わせて、2015年までに2008年比で30%CO2排出量の削減を目指すという社内目標は達成できると見ています。
――世界では、2020年に向けて、さらに厳しい燃費目標が設定されます。
 2016年から、第2世代のSKYACTIV技術を導入します。第1世代のSKYACTIVと同程度の改善を目指しています。社内では「もう一度革命を起こそう」と発破をかけています。
――マツダは内燃機関の改良に非常に力を入れていますが、他社では「枯れた技術」という見方も多いようです。
 当社では2006年に研究開発の長期戦略をスタートしましたが、一貫して内燃機関が重要だと考え、「ここで世界一を取ろう」と研究開発リソースのかなりの部分を集中してきました。様々な機関が将来の予測をしていますが、それらを総合すると、確かにHEVやPHEVの比率は増加するものの、純粋なEVの比率は2030年でもわずかにとどまりそうです。ほとんどのクルマにはエンジンが残る。エンジンの開発で頑張るという我々の方向は間違っていないと考えています。
――SKYACTIVは、開発・生産の効率向上にもつながるとか。
 SKYACTIVでは、車両サイズやエンジン排気量の違いを超えて、設計思想や生産設備を共通化することで、開発効率を30%向上させ、設備投資はエンジンの場合で4割削減することを目指しています。エンジンの加工設備ではすでに、V型6気筒エンジンと直列4気筒エンジンを同じラインで加工していますし、車両組み立てラインも、「デミオ」から大型ミニバンの「MPV」まで、どの工場のどのラインでもすべての車種を生産できるように、改造を進めているところです。

以下、『日経Automotive Technology』2011年7月号に掲載

三菱自動車
EV、PHEVを2015年度までに8車種投入 新世代1.0L車で新興国をカバー

2020年度に新車からのCO2を2005年度比で半減することを目指す
ハイブリッド車も2013年度に商品化する
部品の海外調達率を25%に

――今回の震災では、節電が大きな社会的課題になり、EVに逆風が吹いてきた印象です。
 当社は現在(2011年4月:本誌注)、89台の「i-MiEV」を被災地に提供しています。ガソリン不足の状況下で、非常に役立てていただいているようです。確かに今回の原子力発電所の事故で、EVによるCO2削減効果は少し下がるかもしれませんが、依然としてエンジン車より効率が高いことは間違いありません。自然エネルギを利用したスマートグリッドが普及してくれば、EVはエネルギを貯蔵するという役割も担うことになります。電動化という大きな流れが、今回の震災で急に変わることはないと見ています。
――2020年に向け、クルマのCO2排出量をどの程度低減していきますか。
 2011年1月に発表した中期経営計画では、新車からのCO2排出量を世界全体で2015年度に25%(2005年度比)、2020年度には50%(同)減らすことを目指しています。このために、EVやPHEVの生産比率を、2015年度に5%以上、2020年度には20%以上に高める目標を掲げています。
――2020年度の時点でも、主流はまだエンジン車ということになります。
 ガソリンエンジンの燃費向上技術として、2011年度中に連続可変バルブリフト機構(新世代MIVEC)を実用化します。これにより、燃費を10%程度向上させます。車体を1割程度軽量化し、変速機の改良も併せて、2015年までに現状より15%程度燃費を向上させる見込みです。

以下、『日経Automotive Technology』2011年7月号に掲載

富士重工業
将来の燃費規制には直噴+過給で HEV/EV開発はトヨタと共同で進める

新型「インプレッサ」に新世代エンジンとCVTを搭載して3割燃費向上
PHEVはユーザーの志向を見たうえで判断
中国での現地生産を検討、走破性の高さを足がかりに

――研究開発で震災の影響は。
 試作車や開発確認のための部品が手に入りにくくなっています。取引先は量産部品の復旧を最優先にしていますから、試作車用の部品は日程的には苦しくなっています。試作車の数を減らす、開発のタイミングをずらすなどの対応をしています。
――2010年に、20年ぶりに全面刷新した新世代の水平対向エンジンを商品化しました。
 新世代エンジンは、気筒内の流れを乱して早く燃焼させるというコンセプトで開発しました。燃費向上の考え方にはいろいろあります。マツダはSKYACTIVで、直噴をベースに圧縮比を上げるというやり方ですし、私たちは気筒内の流れに注目しました。
 ではこの先どうやって燃費を向上させていくのか。原理原則でいえば、熱効率を上げるためには、圧縮比を上げる、ポンピングロスを減らすといった方法があります。そのためにどんなデバイスを付けるのか。ここで問題はコストです。より安く、効果の高いものから採用するのは当然ですが、将来の厳しい燃費規制を達成するためには、直噴化し、さらに連続可変バルブリフトも組み合わせる、ということになるかもしれません。
――直噴と過給を組み合わせたダウンサイジングについては。
 排気量を小さくしたほうが、エンジンの燃費効率が高いゾーンが使えるようになるので、実用燃費が上がります。燃費の面からはスマートな選択ですが、1.0Lのエンジンにターボを付けて、2.0Lのエンジンと同じ出力にしても、2.0L車と同じ値段では売れないかもしれません。技術的には可能でも、それをどう商品にして、お客さんに買ってもらえるかを考えないと。

以下、『日経Automotive Technology』2011年7月号に掲載