新興国市場に進出するものの失敗する企業が後を絶たない。そんな企業は、現地ニーズを分かったつもりで分かっていない、現地向けに造ったつもりで現地向けに造っていない点で共通する。「つもり」に陥らず、新興国市場で受け入れられるためにはどうしたらよいか。中国やインドなどの現地取材を敢行し、成功の秘訣を探った。(富岡恒憲、吉田 勝)

Part1:プロローグ

焼き直しは通用しない

 国内市場の縮小に伴い、日本の製造業が成長著しい新興国への進出を加速させている。しかし、その新市場を開拓するには、成熟した先進国市場をターゲットにしていたときとは異なるアプローチが求められる。これまでの常識にとらわれずに製品企画の進め方や開発・設計の仕方を変えていかなければ、競合がひしめく新興国市場では勝ち残れない。

 本シリーズ特集の第1回(2011年3月号)で指摘したように、日本メーカーがグローバル化を進めていく上でまず大きな障壁となるのが、日本国内で通用していた顧客とのあうんの呼吸がグローバル市場、特に新興国市場では通用しなくなることだ。

 先進国相手の製品企画・開発の現場は、企画・開発者も同じ日本や先進国の生活者であることから、(1)ある程度は感覚的に市場のニーズを捉えられる、(2)どの程度の品質(機能・性能・感性品質など)や価格のレベルであれば市場に受け入れられるかが想像しやすい、といった環境にあった。

 ところが、新興国市場の顧客は日本人とは所得水準も生活様式も大きく異なる。そのため、日本や先進国で売られているようなハイエンド製品を望む傾向にある富裕層を除けば、中間所得層、いわゆるボリュームゾーンに対しては(1)(2)は期待できない。従って、この大きな市場を切り開くには、彼らが何を望み、何を評価し、そして何に対してどれぐらいの対価を払うかを知る必要がある。
〔以下、日経ものづくり2011年4月号に掲載〕

Part2:ニーズと適正品質の把握

企画開発こそ現地現物視点で

 「現地現物の姿勢で真正面からローカル向け製品の開発に取り組む必要があった」。トヨタ自動車の新興国向けセダン「Etios」の開発を指揮した商品開発本部トヨタ第3開発センター製品企画チーフエンジニアの則武義典氏はこう語る。

 従来同社の海外向け製品の開発は、グローバルに展開しているモデルをベースに、そこに現地向けの味付けを施すというやり方だった。だが、加えることのできるアレンジには限られる。コストも機能も現地のニーズに即したものをつくり上げるには不十分。そうした限界を突破するために、インド市場を想定した新興国向けセダンとしてプラットフォームから開発した初めてのクルマがEtiosだ(図1)。

 同車には、日本や欧米向けのクルマとは違った仕様が幾つもある。例えば日本人ならエアコンの送風が直接体に当たるのを嫌うが、インド人は逆。冷風が直に当たる方が好まれる。冷房機能自体がステータスとなっているからだ。クルマの中にガネーシャと呼ぶヒンズー教の小さなご神体を飾っている人も多く、専用の設置スペースも設けた。裸足で乗る場合が多いことを考慮して、足がぶつかっても痛くないように前列シートのガイドレールに樹脂製カバーを設けたり、道路の整備の進んでいないインドの悪路を見越して車体下部をカバーで覆ったりと、従来のクルマにはない仕様を盛り込でいる。
〔以下、日経ものづくり2011年4月号に掲載〕

図1●トヨタ自動車の新興国向けセダン「Etios」
インド市場をターゲットに、仕様をゼロから検討した。(a)は販売展に展示されているEtios。ベンガルールの新工場で生産する。(b)はベンガルール市街の販売店。

Part3:設計もゼロベースから

引き算から足し算へ発想転換

 新興国市場向けの普及品を開発するに当たって、最大のポイントとなるのがゼロベースで製品を設計することだ。その理由は2つある。1つは、ニーズの違いによって製品の構造が根本的に異なってくることがあるから。もう1つは、大胆な低コスト化を目指して製品の機能や性能を絞り込む際に、既存製品をベースとした引き算では、機能や性能の絞り込みに限界があるからである。

 加えて、ゼロベースで製品を設計していく上で重要なことは、先進国向け製品の開発を通じて蓄積されてきたこれまでの設計の常識をうのみにしないことである(図2)。ここでいう設計の常識とは、「この製品の機能/性能など(広義の品質)はこうあるべき」といった製品像や、広義の品質に関する基準類、さらには「この部品・材料の適用可能範囲はこの程度」といった認識(経験則)などの類いである。
〔以下、日経ものづくり2011年4月号に掲載〕

図2●求められる設計の常識の見直し
新興国のニーズや価格水準を満たす製品を実現していくには、先進国市場向け製品の開発で培われてきたこれまでの設計の常識を見直すことが必要になる。

Part4:製品単位から製品群単位へ

汎用部品にも擦り合わせの妙

 「ハイエンド製品か普及品かといった違いに応じ、擦り合わせによって製品をつくり込むインテグラル型と、標準化・汎用化したモジュールを組み合わせて製品をつくるモジュラー型を使い分けていくことが重要である」。このように、製品アーキテクチャの観点からグローバル時代のものづくりの在り方を指摘するのが、コンサルティング・サービスを手掛けるローランド・ベルガー(本社東京)でパートナーを務める長島聡氏とプロジェクトマネージャーの貝瀬斉氏である。

 両氏によれば、例えば日本の自動車部品メーカーの多くは、完成車メーカーのモデルごとに部品を擦り合わせて造ってきた。しかし、インテグラル型は、新しい機能を取り入れたり高い質感を造り上げたりするのには向く一方、開発期間が長くなったりコストが高くなったりする弱点があった。

 中国をはじめ成長著しい新興国の市場においては、迅速に製品を投入していくことがビジネスチャンスを逃さないために重要だ。しかも、普及品については低コスト化が不可欠である。この点で、インテグラル型はモジュラー型と比べて不利といえる。モジュラー型では、標準化・汎用化したモジュールを流用することで開発期間は短く、そしてコストは低く抑えられるからだ。

 Part 3で、新興国市場向けにはゼロベースからの開発が重要であることを説いた。その際、日本が得意なインテグラル型をベースにすると、納期とコストの点で十分に対応できない恐れがある。つまり、インテグラル型とモジュラー型を上手に使い分けていく戦略が求められているのだ。
〔以下、日経ものづくり2011年4月号に掲載〕