海外で造り、海外で売る。グローバル化を進めてきた日本の製造業が、新たな壁に直面している。新興国の存在感が高まるにつれ、海外に“日本流”を持ち込むという従来のやり方が通用しない局面が増えてきたのだ。日本流は、日本の製造業が持つ強みであり、決してそれ自体が悪いわけではない。問題は、顧客や取引先との信頼関係を構築できていないのに、日本流を押し付けていること。そこさえ克服できれば、日本の強みを生かせるはずだ。新興国でも躍進するため、日本流を再生する時が来た。(中山 力、高野 敦)

Part1:日本流の限界

「分かるはず」がトラブルの原因
あうんの呼吸は通用しない

 日本の製造業が今後、持続的に成長していくためにはグローバル化は避けて通れない道だ。事実、日本政策金融公庫国際協力銀行の調査によると、日本の海外生産比率と海外売上高比率は2000年代中ほどに3割を超え、2010年度には前者が31.8%、後者が35.3%にまで高まってきた〔図1(a)〕。海外生産拠点数も中国を中心に増加傾向にある〔図1(b)〕。

 こうした海外で造る、海外で売るというグローバル化の流れは近年の円高が拍車をかけているが、2008年秋のリーマンショック以降、ある傾向が鮮明になってきた。新興国シフトだ。それまでは主に、中国やASEANで製造し、欧米をはじめとする先進国に輸出するという構図だったが、リーマンショック、すなわち世界同時不況に見舞われると、市場としての先進国の地位が相対的に低下し、代わって新興国が浮上してきたのだ。つまり、新興国で造って新興国で売るという構図である。

 その典型が、トヨタ自動車が2010年12月に発売した小型セダン「Etios」といえよう。新興国をターゲットにプラットフォームから新規に開発し、徹底的にコスト削減を図った戦略車種だ。インドで造ってインドをはじめとする新興国で売るとし、今のところ、先進国市場に投入する予定はない。

 このために同社は、設計と生産の現地化を徹底した。まず、設計の現地化では、例えば自動車を使用する環境の温度条件を見直している。通常、同社の基準(グローバル・トヨタスタンダード)では低温側を-40℃、高温側を80~100℃と設定する。
〔以下、日経ものづくり2011年3月号に掲載〕

図1●市場および生産拠点としての海外
(a)海外売上高比率は2009年度に前年比0.4ポイント減少したものの、2010年度(実績見込み)は過去最高の35.3%となる。一方の海外生産比率〔(海外生産高)/(海外生産高+国内生産高)〕は年々上昇しており、2013年度の中期的計画では35.2%と2010年度に比べて3ポイント以上上昇する見込みだ。(b)海外生産拠点数については、欧米やNIEs3(韓国、台湾、香港)が横ばいに近いのに対して、中国を筆頭にASEANなどのアジア地域で増加傾向にある。出展:「2010年度 海外直接投資アンケート結果(第22回)」(日本政策金融公庫国際協力銀行)
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Part2:解は市場に

想像超えた使われ方も
相手をとことん理解する

 農業の機械化が急速に進むアジア。その波に乗って農業機械の売り上げを一気に伸ばしたのがクボタだ。普及が先行したタイや中国では、主力製品で6~9割の市場シェアを確保。既に参入した分野に関しては「クボタの製品を買うしか選択肢がない状況を生み出した」(同社執行役員で作業機事業部長の田中政一氏)。さらに、将来有望なベトナムやインドでも同社製品が着実に浸透している。

 もちろん、成長著しいアジア市場を狙っているのはクボタだけではない。ヤンマーや井関農機、米Deere&Company社(John Deere)など先進国のメーカーが続々と参入する一方、現地のメーカーも台頭してきた。特に現地のメーカーは、日本製品の6~7割程度という低価格を武器に攻勢をかけている。

 そうした中、なぜクボタは並み居る競合他社を抑えて圧倒的な市場シェアを確保できたのか。結論からいえば、顧客の要望を丹念にくみ取り、それを満たす製品を提供したからということになる。とはいえ、それではあまりに当たり前すぎて、同社が成功した理由の説明としては不十分だろう。顧客の要望を把握するという点では、むしろ現地のメーカーに地の利がある。
〔以下、日経ものづくり2011年3月号に掲載〕

Part3:緻密に教える

生産現場は同床異夢
言葉と論理で思いを共有

 日本の生産現場のやり方をそのまま新興国に持ち込んでもうまくいかない──。新興国の生産現場を担当した技術者のほとんどが指摘することだ。

 「日本の工場にはカイゼン活動に自発的に取り組んでくれる作業者がいて、協力的で信頼できるサプライヤーの支えもある。こんな奇跡的に恵まれた状況は日本以外では期待できない」と、東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員の佐々木久臣氏は分析する。日本の工場では、作業者とサプライヤーは、細々した説明をする必要がなくあうんの呼吸で通じるが、海外ではそのような関係はない。

 佐々木氏は1990年代のいすゞ自動車在籍時代にポーランドでエンジン工場を立ち上げ、アジアでも工場をみていた。同氏は、「海外工場を運営するには、日本の強みを理解した上で、日本の奇跡的な状況を前提にせず、日本の強みを現地に合わせて根付かせていかなければならない」と指摘する。つまり日本流を再構築し、再生する必要があるのだ。

 それには、まず現地の実情に真正面から向き合う必要がある。では、新興国の工場はどんな現実と向かい合っているのだろうか。紙おむつや生理用ナプキンなどの製造装置メーカーである瑞光(本社大阪府摂津市)の、同社として初めての海外生産拠点である中国・上海の工場を例に見てみよう(図2)。
〔以下、日経ものづくり2011年3月号に掲載〕

図2●瑞光の上海工場
2005年に本格稼働を開始した。中国市場が急激に拡大していることもあり、従業員数はここ数年、毎年2倍以上に増えている。現在は生理用ナプキンの製造装置と子ども用紙おむつの製造装置を造っている。

Part4:ルールを作る

受け身の姿勢で不利な立場に
身内で閉じず仲間を集める

 電力会社は内需型企業。こんな認識は、古いものになりそうだ。東京電力は2010年10月、同社の高効率な送電システムをベトナム政府およびベトナム電力公社(Vietnam Electricity)に提案することを明らかにした。同国では、電力需要の増加に伴い発電所の建設計画が多数進んでいる。だが、建設予定地と電力の需要地が300kmも離れているので、これだけの長距離を高効率に送電できるシステムが必要になった。

 そこで白羽の矢が立ったのは、東京電力の超高圧(Ultra High Voltage:UHV)送電技術である(図3)。UHV送電は、一般的な送電システムより高い電圧で電力を送る。理論上は、電力は電圧の2乗に比例するので、電圧が高いほど送れる電力量も多い。さらに、電圧が高ければ電流は低く抑えられるので、ジュール熱による損失(電流の2乗に比例)も少なくなる。従って、長距離かつ大電力の輸送手段として、新興国を中心に注目されているのだ。具体的には、中国で既に商用運転が始まっている他、インドにおいても建設計画が浮上している。
〔以下、日経ものづくり2011年3月号に掲載〕

図3●東京電力のUHV送電システム
UHV送電が可能なシステムだが、実際には550kVで運用している。国内では商用運転を前提に、1973年にUHV送電の研究が始まった。しかしその後、電力需要が頭打ちになったことから、UHV送電システム自体は建設したものの、従来と同じ550kVでの送電を継続することになった。写真は、東群馬変電所と西群馬開閉所を結ぶ東群馬幹線。