「渋滞学・西成教授の数学で闘え」は、技術の現場で発生する課題を、技術者が自ら数学を用いて解決する方法を学べるコラム。数学に苦手意識を持つ人でも楽しく学べるように「これだけは」という要点のみをまとめる。

 予測のツールとして、この2つだけは絶対にやれ、他はほとんど忘れてもいいぐらい、というものがあります。その1つは前回(2010年12月号)までにやったフーリエ解析でした。そのフーリエと双璧を成すもの。さあ何でしょうか?

 答えは、固有値です。これを平たく解説するのは、たぶん生まれて初めてです。しかし、ものづくり技術者の頭には、まず入れておくべきもの。固有値という概念を知らずしてどうするんだというくらい大事です。ドイツ語のeigen(固有の)という言葉を使って、英米人もみんなeigen valueと言います。

 じゃあ、固有値とは何なのか。これが結構、経験と勘の世界に通じるんですね。なぜかあの人が言うとうまくいくとか、長年やっているとうまくいくようになる、みたいな世界がありますけれども、私に言わせればその人は現象の固有値を何となくつかんでいるからなんです。

 例えば、恋愛の達人のおばちゃん。「あの2人は絶対くっつくよ」とか「くっつくけど絶対別れるね」とか言うと、その通りになる。現象を大きく捉えて外さないんですよね。

 その現象が将来どうなるかを、ざっくりと、ばしっと押さえてしまう。固有値は、そのためのツールなんです。松下幸之助とか、経営の神様と言われる人は多分「会社の固有値」を押さえているんだと思います(笑)。

 フーリエは予測をきっちりとやりますが、固有値はだいたい将来こうなるというのを外しません。途中がどうなるか細かいことはともかく、将来どこに行くかは完璧に当たります。そういうツールが世の中にあると皆さん認識していないですし、大学の先生もその大いなる応用を知らない人も多いです。残念ながら、世の中の数学の本に固有値の活用方法について書いてある部分は少ないので、ここでその大事さを特に強調しておきたいと思います

〔以下、日経ものづくり2011年1月号に掲載〕

西成活裕(にしなり・かつひろ)
東京大学 教授
東京大学先端科学技術研究センター教授。1967年東京都生まれ。1995年に東京大学工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程を修了後、山形大学工学部機械システム工学科、龍谷大学理工学部数理情報学科、独University of Cologneの理論物理学研究所を経て、2005年に東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻に移り、2009年から現職。著書に『渋滞学』『無駄学』(共に新潮選書)など。