2010年のノーベル物理学賞は,グラフェンの単離に成功した研究者が受賞した。グラフェンには,単なる黒鉛1層分という以上に多くの特異な性質がある。世界ではその応用に向けた研究開発の機運が爆発的に高まっている。高速トランジスタや高感度センサ,レーザ,タッチ・パネル,蓄電池,高効率太陽電池など,さまざまな次世代デバイスを実現する中核材料になるかもしれない。

応用可能性は原子サイズから宇宙まで広がる

「神が創った材料」──。国内企業のある技術者は,黒鉛(グラファイト)1層分の炭素材料である「グラフェン」をこう呼ぶ。多くの点で既存の材料を凌駕する特性を備えているからだ。グラフェンの登場によって,構造体向け材料から電子デバイスとして使う機能性材料までの幅広い分野で,材料革命が起こる可能性が生まれている。

車が載るハンモックになる

 例えば,単層グラフェンの厚さは炭素原子1個分の約0.34nmと非常に薄い。一方で,ダイヤモンドと同等の強度を備え,非常に丈夫である。スウェーデンのRoyal Swedish Academy of Sciencesは,2010年のノーベル物理学賞の発表の場で「単層のグラフェン・シートで作ったハンモックで4kgのウサギを支えられる」とその強さを評した。グラフェン・シートを重ねて食品を包むラップと同じ厚さにすれば,2トンの自動車を支えられるという試算もある。

 電子デバイス向け材料としてのインパクトはさらに大きい。単層グラフェン中の電子/ホールのキャリア移動度は室温でSiの100倍も高い最大20万cm2/Vsになる可能性がある。従来最大とされたインジウム・アンチモン(InSb)の同7.7万cm2/Vsをも大きく超える。室温での電気抵抗値は銅(Cu)の2/3と小さい。1億~2億A/cm2,つまりCuに流せる量の約100倍の電流密度に耐えることも知られている。キャリアの移動速度は光の1/300と高速である。熱伝導率はダイヤモンドと同等で,シート状という形状も手伝って画期的な放熱材料としても期待されている。

超高速FETやレーザの実現へ

 こうした数々の突き抜けた特性を備える単層グラフェンを対象に,既に多くの研究機関やメーカーが次世代デバイスの実用化を目指して研究開発を始めている。開発の主要ターゲットの一つは,キャリアの高い移動度や速い移動速度を生かしたTHz動作のトランジスタだ。理論的には10THz動作も可能とみられている。

『日経エレクトロニクス』2010年12月27日号より一部掲載

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