殺す──。強烈な言葉である。しかも、相手は子供。本来、人の命を守るべき安全装置のエアバッグシステム(エアバッグ)がその凶器だ。この、「エアバッグが子供を殺す」という可能性は実際にあった。助手席エアバッグにおいて、である。
助手席エアバッグの開発は技術開発の本質を考える上で、また、これまで説明してきたホンダの哲学や絶対価値、三現主義を肌感覚として実感してもらう上で非常に参考になる。何しろ、子供の命が懸かっているのだ。そのため、この内容は微妙な問題を含み、これまでに詳しい内容を明らかにしたことはない。しかし、技術開発の本質の、さらにその中核部分を余すことなく含んでいるので、本誌で初めて詳しく紹介する。その準備として、エアバッグ普及前後の状況の説明から始めたい。
〔以下、日経ものづくり2010年11月号に掲載〕
中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授(元・ホンダ 経営企画部長)