「ホンダ イノベーション魂!」は、独創的な技術開発で成功をたぐり寄せるために、技術者は何をすべきかを解き明かしていく実践講座。数多くのイノベーションを実現してきたホンダでエアバッグを開発した技術者が、イノベーションの本質に迫る。

 殺す──。強烈な言葉である。しかも、相手は子供。本来、人の命を守るべき安全装置のエアバッグシステム(エアバッグ)がその凶器だ。この、「エアバッグが子供を殺す」という可能性は実際にあった。助手席エアバッグにおいて、である。

 助手席エアバッグの開発は技術開発の本質を考える上で、また、これまで説明してきたホンダの哲学や絶対価値、三現主義を肌感覚として実感してもらう上で非常に参考になる。何しろ、子供の命が懸かっているのだ。そのため、この内容は微妙な問題を含み、これまでに詳しい内容を明らかにしたことはない。しかし、技術開発の本質の、さらにその中核部分を余すことなく含んでいるので、本誌で初めて詳しく紹介する。その準備として、エアバッグ普及前後の状況の説明から始めたい。

〔以下、日経ものづくり2010年11月号に掲載〕

小林三郎(こばやし・さぶろう)
中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授(元・ホンダ 経営企画部長)
1945年東京都生まれ。1968年早稲田大学理工学部卒業。1970年米University of California,Berkeley校工学部修士課程修了。1971年に本田技術研究所に入社。16年間に及ぶ研究の成果として、1987年に日本初のSRSエアバッグの開発・量産・市販に成功。2000年にはホンダの経営企画部長に就任。2005年12月に退職後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授を経て、2010年4月から現職。