「ホンダ イノベーション魂!」は、独創的な技術開発で成功をたぐり寄せるために、技術者は何をすべきかを解き明かしていく実践講座。数多くのイノベーションを実現してきたホンダでエアバッグを開発した技術者が、イノベーションの本質に迫る。

 技術開発において、まぐれを期待してはならない。「そんなことは当たり前」と皆さんは言うかもしれないが、まぐれ頼みになっているケースが相当ある。ノーベル賞クラスの大発見が偶然や手違いで達成されたという話を聞くことがあるが、それはまぐれのように見えても決してまぐれではない。たとえ最後の一押しが偶然であったとしても、そこに至るまでには卓越した研究コンセプトがあり、さらに絶え間ない努力と入念な準備によって支えられていることがほとんどである。

 特にイノベーションでコンセプトが重要になることは、これまで述べてきた通りだ。ここでいうコンセプトとは、「どんな絶対価値をどのような方法で実現するのかについての、核となるイメージ」のことである。

 新車開発でもコンセプトは最も重要だが、未踏の領域に踏み込むイノベーションではそれにも増して重要となる。コンセプトがしっかり固まっていないと、すべきことを取捨選択する基準があいまいになり、優先順位も決められない。その結果、すべきことが広大な技術領域にわたって際限なく増えていき、開発リソースが分散してしまう。これが、冒頭で指摘したまぐれ頼みの状態だ。ところが実際の技術開発では、まぐれ当たりは決して起こらない。

 コンセプトが固まるとありたい姿が明確になり、A00(本質的な目標)が決まってくる。漠然としているイノベーションの枠組みを、1歩分だけ具体化できる。この1歩を踏み誤ると、後で大変なことになるので、最初のコンセプトがとても大切になるわけだ。

 コンセプトを明確にする場として、3日3晩かけて議論する「ワイガヤ」が大きく貢献することを前回と前々回で紹介した。今回のテーマである「三現主義」は、ワイガヤとは全く異なるフェーズからコンセプトを明確にすることに役立つ、強力な仕掛けなのである(図)。

〔以下、日経ものづくり2010年10月号に掲載〕

図●三現主義がイノベーションを加速する
第4回(2010年7月号)で紹介した「ホンダ流イノベーションの見取り図」から一部を抜粋したもの。ホンダには「企業文化」と「仕掛け」から成る、いわばイノベーションの「加速装置」がある。三現主義は仕掛けの中の主要な1つである。

小林三郎(こばやし・さぶろう)
中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授(元・ホンダ 経営企画部長)
1945年東京都生まれ。1968年早稲田大学理工学部卒業。1970年米University of California,Berkeley校工学部修士課程修了。1971年に本田技術研究所に入社。16年間に及ぶ研究の成果として、1987年に日本初のSRSエアバッグの開発・量産・市販に成功。2000年にはホンダの経営企画部長に就任。2005年12月に退職後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授を経て、2010年4月から現職。