「ホンダ イノベーション魂!」は、独創的な技術開発で成功をたぐり寄せるために、技術者は何をすべきかを解き明かしていく実践講座。数多くのイノベーションを実現してきたホンダでエアバッグを開発した技術者が、イノベーションの本質に迫る。

 著者は、講演や授業などで「5秒で答えてください」と断ってから、必ず聞くことが3つある。

(1)あなたの会社(組織)の存在意義は
(2)愛とは何か
(3)あなたの人生の目的は何か

 これがワイガヤの基本なのである。本誌の記者が最初に来たとき、「日経ものづくりは何のためにあるのか。5秒で答えてください」と聞いてみた。何と答えたかは正確には覚えていない。たぶん、表紙の左上にある「製造業の課題解決と技術革新を支援する」うんぬん、というような内容だっただろう。もう読者の皆さんには想像がつくと思うが、そんな答えは駄目である。第3回(2010年6月号)の本質的な目標(A00)で強調したように、既に文書になっているような、使い回しが利く言葉では心に響かない。自分の会社や組織の存在意義くらい、自分の魂の言葉で語れるようにしなければ話は始まらないのだ。

 日経ものづくりでの連載なので同誌を例として紹介したが、会社や組織の存在意義を語れる人は、実は全くといっていいほどいない。そもそも今の会社は、そんなことは求めていない。成果主義(多くの場合、どれだけもうけたかが成果だ)の名の下に社員には「ミッション」が課せられ、そのミッションをいかに効率的に処理したかによって評価される。会社の存在意義などを持ち出そうものなら、「余計なことを言うな」と上司からにらまれるのがオチだ。会社や組織の存在意義といった本質や根本を考える価値観は根こそぎ刈り取られてしまっている。

 これは、一般社員だけではなく課長や部長も同様である。それどころか、社長をはじめとする経営陣までも会社の存在意義を考えていない。このため、会社は哲学をなくし、根無し草のように利益を求めて漂流することになる。しかし、そんな会社が利益を上げられるだろうか。基本に立ち返り、自分の会社の存在意義、つまりどんな新しい価値をお客様に提供して喜んでもらうかをしっかり考えるべきである。 ワイガヤは、常にここからスタートする。ホンダでは、どんなテーマでワイガヤをするときにも、必ずホンダの存在意義まで立ち返って考えるのである。

〔以下、日経ものづくり2010年9月号に掲載〕

小林三郎(こばやし・さぶろう)
中央大学 大学院 戦略経営研究科 客員教授(元・ホンダ 経営企画部長)
1945年東京都生まれ。1968年早稲田大学理工学部卒業。1970年米University of California,Berkeley校工学部修士課程修了。1971年に本田技術研究所に入社。16年間に及ぶ研究の成果として、1987年日本初のSRSエアバッグの開発・量産・市販に成功。2000年にはホンダの経営企画部長に就任。2005年12月に退職後、一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授を経て、2010年4月から現職。