すべてはこの戦いに挑むため

 思えば,長い長い道のりだった──。米Intel Corp.と米Qualcomm Inc.の2社は,この日のための準備を着々と進めてきた。企業の買収も,無線通信規格の標準化における激しい争いも,通過点にすぎなかった。

 両社は,マイクロプロセサやベースバンド処理LSIといった半導体の技術を磨き,携帯機器に適した無線通信規格の標準化を主導してきた。うまく行かずに事業をあきらめたケースもあるし,モバイルWiMAXなどの移動通信規格の標準化でIntel社とQualcomm社の激しい対立が鮮明になったこともある。

 タブレット端末などの携帯機器の市場が立ち上がりつつあるのは,無線通信技術やプロセサにおいて,長年にわたる進化があったから。すべてはこの戦いに挑むための準備だった。今,その幕が切って落とされる。

『日経エレクトロニクス』2010年7月12日号より一部掲載

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第1部<ぶつかるプライド>
王者と王者が繰り広げる
負けられない戦い

Intel社とQualcomm社は,タブレット端末などのプロセサへの参入準備を着々と進めてきた。パソコン向けと携帯電話機向けのそれぞれの王者にとって,是が非でも取りたい市場だ。この戦いは,今後大きく広がる携帯機器向けプロセサ全般の市場の行方を占う。

激戦区に名乗りを上げたIntel社とQualcomm社

 パソコン向けマイクロプロセサの雄である米Intel Corp.と,携帯電話機向けチップセットの雄である米Qualcomm Inc.が,ついに正面から相まみえる。対決の場は,米Apple Inc.の「iPad」の登場を機に勃興した,タブレット端末などの携帯機器に向けたプロセサの市場だ。

 携帯電話機に向けてベースバンド処理LSIやアプリケーション・プロセサなどを提供してきたQualcomm社は,ここ1年ほど,スマートフォン分野で大きな成功を収めている。武器は,2009年夏に最初の搭載端末が登場したプロセサ「Snapdragon」だ。1GHz動作のCPUコアと,第3世代移動通信システム(3G)の方式に対応するベースバンド処理回路などを1チップに統合したものである。「Android」や「Windows Mobile」といったソフトウエア基盤を使う端末を中心に,既に10機種以上がSnapdragonを採用している。

 一方,パソコンやサーバー機に向けたマイクロプロセサの市場をほぼ独占しているIntel社は,2008年に投入した低消費電力のプロセサ「Atom」によって,ネットブックの市場をつくり出した。「機能や性能を限定した,低価格で小型のノート・パソコン」とも表現できるネットブックにより,出荷台数を伸ばすことに成功した。

「世界一」同士が競い合う

 その両社が次の市場として目を向けるのが,スマートフォンとネットブックの中間に位置する端末の市場だ。

『日経エレクトロニクス』2010年7月12日号より一部掲載

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第2部<アジアの新鋭>
3Gチップがわずか8米ドル
追いかけるMediaTek

過去,欧米企業との競争に打ち勝ったMediaTek社。同社がQualcomm社と対決し始めた。攻め口は明確なものの,Qualcomm社の反撃は強力だ。一方,MediaTek社の地盤である2Gチップセットでは,アジアの後発企業に攻め込まれている。

中国市場を制覇したMediaTek社

 米Intel Corp.と競う米Qualcomm Inc.の足元をぐらつかせる存在。それが台湾MediaTek Inc.(聯發)である。

 GSM/GPRS/EDGE端末向けベースバンド処理LSIとRFトランシーバIC(以下,2Gチップセット)において,同社はわずか5年で強大になった。中国市場向け2Gチップセットの出荷数は,2009年に約5.3億個である。そのうちの75%,実に4億個がMediaTek社の製品だった。

 MediaTek社の隆盛は,欧米の半導体メーカーに甚大な影響を与えた。米Texas Instruments Inc.(TI社)は,中国向け携帯電話機用チップセット事業を大幅縮小。米Analog Devices Inc.は,同事業をMediaTek社に売却した。Analog Devices社は,中国政府とChina Mobile(中国移動)社が推進する3G方式「TD-SCDMA」向けチップセットを手掛けるなど,中国市場に積極的な一社だった。

 MediaTek社は,いわば「中国市場で無敵の欧米企業キラー」である。その同社が,2009年末からQualcomm社の牙城である3Gチップセット市場に参入した。

『日経エレクトロニクス』2010年7月12日号より一部掲載

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