これまで気付かなかった
カラダの変化を教えてくれる

(イラスト:楠本 礼子)

 カラダの不調を確認するために,体温を測る。このくらいは,誰もが日常的にやっている。体温という指標が,不調の度合いをある程度教えてくれるからだ。そして,それを測る道具である体温計も,当たり前のように我々の身の回りに存在する。

 我々は,体温以外にもカラダの不調と関連する,さまざまな情報を日々発している。それは,例えば心電や呼吸,脳波,発汗などであり,あるいは,これらの経時的変化のことだ。ところが我々は,こうした情報をキャッチするための手軽な道具も持っていなければ,その情報をどう解釈すればよいのかという物差しも持ち合わせていない。

 もし,日常の中で我々のカラダを見守り,これまで気付かなかった体調の変化を教えてくれるものがあったら…。そんな「ポケット・ドクター」とでもいうべきサービスや,それを実現する技術が今,あちこちで登場し始めている。

『日経エレクトロニクス』2010年5月3日号より一部掲載

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第1部<総論>
技術先行からサービス主役に
新たな社会インフラへの一歩

電子技術を積極活用したヘルスケア事業に,サービス事業者が続々と参入し始めた。これまでは,エレクトロニクス企業による要素技術の提案にとどまっていたが,いよいよサービス事業者が利益を見込む段階に入ってきた。

活気づくヘルスケア・サービス

 「ようやく成功例が出てきた」──。調査会社であるシード・プランニングの荒川信行氏(エレクトロニクス・ITチーム 研究員)がそう指摘するのは,エムティーアイが提供する「ルナルナ」や,KDDIが提供する「au Smart Sports」のこと。いずれも,携帯電話機を活用した月額数百円の課金型ヘルスケア・サービスで,現在150万人以上もの会員を集めている。

 一方,大手商社・丸紅の子会社である丸紅情報システムズは,ユーザーの心電と体表温度,体動を同時計測できる小型センサを活用したヘルスケア・サービス事業に乗りだした。2010年1月に,この小型センサを開発したWINヒューマンレコーダーと販売代理店契約を締結。3年後には50億円の販売を目指すという。

各種サービス事業者が名乗り

 センサや携帯機器などを積極活用したヘルスケアが,実ビジネスとしてにわかに動き始めた。これまでエレクトロニクス企業からの要素技術の提案にとどまっていた状況が,ガラリと変わろうとしている。サービス事業者が,いよいよ本格的に事業を展開する段階に入ってきた。

 実際,冒頭の例に限らず,さまざまなサービス事業者が,センサや携帯機器を活用したヘルスケア・サービスの展開に積極的な姿勢を見せている。例えば,フィットネスクラブで国内最大手のコナミスポーツ&ライフは現在,携帯電話機を活用したヘルスケア・サービス「カラダの記録」を展開している。ユーザーが運動や食事の内容を記録すると,それに応じたアドバイスなどを得られるサービスである。

 エムティーアイやKDDI,丸紅情報システムズ,コナミスポーツ&ライフなど各サービス事業者の取り組みはそれぞれ個別のものだが,目的は共通している。それは,日常生活におけるユーザーの生体情報や行動などを小刻みに計測・記録し,そのデータを基にヘルスケアに関するアドバイスや情報を提供することだ。センサや携帯機器,通信回線などを活用しながら,ユーザーのささいな体調変化を敏感にキャッチする。ユーザーの日常生活に溶け込みながら健康状態を見守る,「ポケット・ドクター」とでもいうべきシステムである。

『日経エレクトロニクス』2010年5月17日号より一部掲載

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第2部<要素技術>
身近な機器でここまで測れる
生体情報の計測技術が進化

ポケット・ドクターの世界を構築するサービスは,今後ますます充実していく。さまざまな生体情報を手軽に測れるセンサや機器の技術がそろってきたからだ。自分の体と心の状態を,いつでも気軽に測れる時代が近づいている。

要素技術の進化がポケット・ドクターの世界を充実させる

 生体情報を取得できるセンサや機器など,ヘルスケア・サービスに向けた技術の開発が急ピッチで進んでいる。これに伴って,サービス事業者が提供するポケット・ドクターのサービスの幅が格段に広がってきそうだ。

 ここ最近,さまざまな生体情報を,各種のセンサや機器で容易に計測できるようになってきた。計測対象は大きく五つある。(1)心電や呼吸,体表温度などの基本的な生体信号,(2)睡眠状態,(3)特定の疾患の兆候や進行度,(4)ストレス度などの心の状態,(5)生体に影響を与える外部因子,である。

 これらを計測する電子機器の進化を支えるのが,半導体や無線通信,MEMSなどの要素技術の進化だ。半導体技術で電子回路の集積度や製造歩留まりを高めたり,低電力の無線通信技術を活用して情報伝送に要する電力を低減したりする。これによって,生体情報を測るセンサや機器の寸法,コストなどが一般消費者に提供できる水準となる。

『日経エレクトロニクス』2010年5月17日号より一部掲載

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