脳計測の応用分野拡大へ

 意識を集中させたり,リラックスしたり,あるいは頭に何かを思い浮かべたりすることで,機器を操作する──。まるでSF小説のような話だが,そんな世界が今,少しずつ現実へと近づいている。背景には,脳の活動を計測するセンサの小型化と,データを解析するアルゴリズムの進化がある。これらの技術を使って,脳波や脳血流の変化量を測定し,脳の活動を大まかに把握できるようになったのだ。

『日経エレクトロニクス』2010年5月3日号より一部掲載

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第1部<総論>
脳計測センサが家電領域へ
新たな製品企画を生み出す

脳の活動を計測するセンサ技術や脳波を活用したサービスの開発が,活発化している。低価格の小型脳波センサが玩具分野で実用化され,さらに用途を広げそうだ。デジタル家電や自動車などで,脳計測データを活用する方向性も見えてきた。

玩具から始め,応用を開拓へ

 「自分の脳波の様子を見られるだけでも,結構面白いと思った。ノート・パソコンのアプリケーションとして,何かできそうな気がした」(東芝 デジタルプロダクツ&ネットワーク社 デジタルライフ事業推進室 室長の徳田均氏)。

 2010年5月,東芝は業界初となる「脳波センサ付きヘッドホン」を発売する。米国カリフォルニア州のベンチャー企業であるNeuroSky,Inc.の脳波センサを活用し,専用のアルゴリズムで判定した「ユーザーの集中度/リラックス度」をパソコンの画面上に表示できる。価格は2万円程度の予定だ。「集中度/リラックス度に応じてキャラクターの動きが変わるゲームや,脳波の変化に連動した音楽を奏でるソフトウエア,またヘルスケア分野への展開など,アプリケーションはいろいろありそう」(東芝の徳田氏)と,将来の応用分野の広がりに期待を込める。

脳計測のデータを活用へ

 東芝の取り組みは,一例にすぎない。現在,さまざまな業界において,脳計測データを活用した機器やサービスの開発が進んでいる。脳の活動から得られるデータを用いて新たなアプリケーションとして仕立てたり,ヘルスケア分野に応用したり,あるいはさらに高度な脳機能研究に貢献したりすることを目指したものだ。

 例えば,日立製作所は近赤外光を用いた脳計測装置を2010年4月に発表した。こちらは脳波ではなく,光の散乱/反射を使って脳内の血流量の変化を推定する。研究機関での活用のほか,脳活動を応用したマーケティング(いわゆるニューロ・マーケティング)への適用を狙う。

『日経エレクトロニクス』2010年5月3日号より一部掲載

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第2部<脳波計測の応用>
計測装置のダウンサイジングで
ヘルスケアやマーケティングに

脳波を計測する装置の小型化が急速に進んでいる。睡眠判定などヘルスケア用途では,手のひら大の脳波計も登場している。これにより,応用分野がさらに拡大していきそうだ。

ヘルスケアやマーケティングなどで活用

 脳波の計測データを活用するアプリケーションにおいて,特に動きが活発なのがヘルスケア分野とマーケティング分野である。

 まずヘルスケアでは,睡眠にまつわる各種の障害(不眠症など)の簡易検査に応用しようという取り組みがある。従来より小型の脳波計を用いることで,在宅検査などを可能にしようとするものだ。このほか重度の運動障害者に向けて,意思伝達装置を脳波計で試作した研究機関がある。

 マーケティングにおいては,言葉以外の伝達手法によって被験者の思いを知る目的で,脳波などの計測技術を活用する「ニューロ・マーケティング」への関心が高まっている。

 このヘルスケアとマーケティングにおける,脳波計測の応用事例を紹介する。

『日経エレクトロニクス』2010年5月3日号より一部掲載

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第3部<BMIへの展開>
NIRSなど脳波以外の計測法
BMIを想定し小型化進む

頭の中で念じただけで,家電やコンピュータを思い通りに操作するBMI。fMRIや近赤外光脳計測装置といった脳波以外の計測手段を用いると,さまざまなユーザーが便利に使えるBMIを実現できる可能性がある。

fMRIの信号から視覚像を再構成
(写真:すべてATR)

 ヘルスケアやゲームなどの分野で,一般向けの利用が広がりつつある脳波計(EEG)。頭表上の電位を取るだけで計測できる簡便さも手伝い,脳波計を,家電やコンピュータを操作する際のインタフェース,いわゆる「BMI(brain machine interface)」に利用しようという研究が今,世界中で盛んである。特殊な方法を用いることで,文字を入力したり,スイッチを操作したりといったことが脳波で可能になりつつある。全身の筋肉を動かせなくなる疾患など,重度の運動障害を抱える人々に向けて研究が進められている。

 ただし,これら脳波を使ったBMIには課題も多い。一般に脳波は頭表近傍にある多数の神経細胞による活動電位の総和であるため,空間分解能が低く,ユーザーが特別な訓練なしに意識的に制御するのは難しい。また,脳波計には筋電や眼電といった脳以外の部位による生体信号(電位)も紛れ込みやすく,雑音が多い。

脳波以外の手段を活用

 そこで運動障害者のみならず,健常者にとっても利便性のあるBMIを実現するには,脳波だけではなく,それ以外の脳計測手段が必要になる。具体的には,fMRI(機能的磁気共鳴イメージング),近赤外光脳計測装置(NIRS,光トポグラフィ),MEG(脳磁計),PET(陽電子放射断層撮影)などである。

『日経エレクトロニクス』2010年5月3日号より一部掲載

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