日本のものづくりは、変革を迫られている。これまでは、国内の工場で大量に製品を造り、世界の市場に輸出してきた。21世紀になってから中国が「世界の工場」として台頭し、多くのメーカーが中国に生産拠点を構えるようになってからも、国内工場は依然として中心的存在だった。だが、時代は変わりつつある。日本で量産して世界に供給する従来のやり方を見直し、国内工場の役割を再考する時期が来た。(高野 敦、木崎健太郎)

Part1:変革の時

もの中心の発想と決別、価値を生み出す場に転身

 日本のメーカーが国内から海外に量産拠点を移す動きが頻繁に見られる。日本で量産した製品を海外に輸出して利益を得る、という従来のやり方が通用しなくなりつつあるのだ。しかし、「何もかも海外に出ていったのでは、日本は根なし草になってしまう」(元・韓国Samsung Electronics社常務で東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター特任研究員の吉川良三氏)。

 国内工場は、海外工場とどのようにすみ分けるべきか──。メーカー各社は、大きな岐路に立たされている。「新興国向けの製品は、現地で部品を調達して現地で造るべき。だが、設計開発から試作までは必ず日本が担うべきだ」と、吉川氏は1つの針路を示す。

 振り返れば、1970年代以降の大量生産の時代に、日本製品は品質の良さで世界中の支持を集めた(図1)。1990年代の円高の時期にも、日本製造業の空洞化の危機が叫ばれたが、実際には致命的な空洞化は発生せず、日本の拠点はマザー工場としての役割を担った。日本は、紆余曲折はあっても、その間ずっと量産製品の生産拠点としての地位を保ち続けていたのである。
〔以下、日経ものづくり2010年5月号に掲載〕

図1●ものづくりの変遷
海外生産が本格化するのに伴い、国内工場も変革を迫られている。海外工場がこれまで以上に「量」を担うようになるので、国内工場は量に依存しない強みを確立する必要がある。
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Part2:価値の探求

「課題先進国」を逆手に国内の経験が世界で生きる

 「日本的な良さが認められるようになってきた」──。フジテック取締役専務執行役員で総合企画本部長の野木正彦氏は、成長著しい最近の中国市場についてこう語る。住宅や商業施設、公共施設などの建設ラッシュが進む中で、同社のエレベータやエスカレータは省エネルギ性などが評価され、採用に至るケースが増えているというのだ。

 例えば、北京市内の重要な公共交通網となった北京地下鉄。都市圏の拡大に合わせて、延伸整備が日々進められている。この延伸によって新たに建設される駅に、同社のエスカレータが大量に採用された(図2)。2009年9月に開業した地下鉄4号線の全24駅に計108台を納品・設置したほか、同10号線の延伸区間向けにも264台を受注している。

 さらに、中国全土の各都市で開発が進んでいる大規模住宅プロジェクトでも、エレベータの大口受注を相次いで獲得した。2010年5月に完成予定の遼寧省鞍山市の中層住宅には、最新の省エネ・省スペース型のエレベータを248台設置する予定だ。
〔以下、日経ものづくり2010年5月号に掲載〕

図2●中国・北京地下鉄の駅に設置されたフジテックのエスカレータ
2009年9月に開業した北京地下鉄4号線は、北京市の南北を結ぶ全長28.2kmの路線。写真は、IT企業が多数集積し、電気街としても知られる中関村駅。

Part3:価値を形に

機動力のある試作が強み、基盤技術の集積が支援

 「最近、中小企業の集まりに行くと、元気のある会社はだいたい試作か、試作よりも少し数が多い程度の生産をしているところ。少し前までは、工程、納期、品質の安定した量産が日本の中小企業の強みと思っていたが」〔調達・購買に関するコンサルティングを手掛けるアジル・アソシエイツ(本社東京)代表取締役社長の野町直弘氏〕。中小企業も、“もの”そのものを供給する立場から、価値を生み出して提供する立場へと徐々に変わってきていることの証しだ。

 製品開発において、試作は依然として重要な役割を担っている。イノベーションや、さまざまな技術の組み合わせによって今までにない価値を生み出すためには、その分、多くの試行錯誤を素早く実行する必要がある。試作はそのための有効なツールだ。

 実際、製品全体の試作は、誤作動などの不具合、ユーザーによる誤使用の可能性の検討などに使える。部品メーカーが新開発品のサンプルとして試作品を取引先に提出することも多い。筐体など外装にかかわる部品についても、製品表面の質感や仕上げ、それを実現する工程の検証に利用できる。

 製品の基本性能を確保する上では、実際の試作よりも3次元CADやCAEなどを使うことが増えてきた。しかし、物理的な試作品には、上記のようなさまざまな用途がある。むしろ、3次元データがあることによって、試作品を素早く造れる、すなわち価値を素早く形にできるようになっているのだ。
〔以下、日経ものづくり2010年5月号に掲載〕

Part4:価値の未来

満足度の最大化に向け、工場の門戸を消費者に開く

 日本独自の付加価値で、今後勝負していく上で課題になるのは「世界に通用するような付加価値のネタをどう掘り起こすか」。そのカギになるのが「愛着」である、とアーサー・D・リトル(ジャパン)(本社東京)プリンシパルの川口盛之助氏は指摘する。顧客が製品に対して愛着を持てば、その製品の付加価値は非常に高いものになり、長く使い続けることにもなる。

 既に日本は高度な“もの”が大量にあふれる社会であり、技術が提供する利便性が珍しくない状況では、愛着という「感性価値」がむしろ重要になる。これは先進国共通の現象だが、日本はもともと文化的背景から、ほかの国以上にものを擬人化して愛着を持つことに対しての感度が高い。ここに、日本で作る価値の未来のヒントがある。

 日本は感性価値という、高く売れる価値の提供において最先端を走れる可能性が高い。その具体的な方策の1つが、顧客である消費者個人にものづくりに参画してもらうことである(図3)。
〔以下、日経ものづくり2010年5月号に掲載〕

図3●個人がものづくりに参画
顧客(消費者)ごとに異なる感性価値を満たす上で最も有効なのは、消費者個人がものづくりに参画すること。既にいくつかの例が出始めている。そこでは、これまでに培った多品種少量生産の能力などが必要不可欠。