西成活裕氏は、交通渋滞が発生するメカニズムを数学の力で解き明かし、その解消法を提案する「渋滞学」を確立した。「使えない」とやゆされることもある数学に西成流の“魔法”をかければ、社会のあらゆる問題に立ち向かえる武器へと変わる。その西成氏を講師に迎え、1年間に数回、数人の本誌読者を生徒に特別授業を開くことになった。テーマは、技術者が技術の現場で使える数学。今月号から、その授業のもようを掲載していく。

 この中に理数系の方ってどのくらいいますか?
(生徒のほとんどが手を挙げる)

 数学っていうと、記号が並んでいるし、解を得るまでの作業は機械的だしで、ほとんどの人にとってつまらないものですよね。でも、我々のような科学者にとっては、数式は単なる記号じゃない。生き物のように踊って見えます。

 それは、別の言い方をすると、物に触れているときに感じられる「質感」のようでもあります。学校で習ったような定義証明を淡々とやっていく数学だと、ただの記号操作になってしまうから面白くないし使えない。けれど、我々が感じている質感を皆さんにも味わってもらえれば、具体的なイメージがつかめて、技術の現場でも使える武器に変わると思うんです。連載を通して皆さんに、こんな生きた数学を伝えたい。なので、これを連載の出口としましょう。
(ボードに下掲の文字を書く。すると、受講者の1人が挙手)

「すみません、質問です」
 あっ、いいですねぇ。どうぞ。
「数理科学って、数学とどう違うんですか」
 すばらしいっ。非常にいい質問です。私は数学と数理科学を似たような意味で使うこともありますが、厳密に言うと、数学だけでは実社会への応用まで行けません。そこに物理、つまり「理(ことわり)」が入っている必要があります。
(ボードに「数学→物理→工学→応用」と書いていく)

〔以下,日経ものづくり2010年4月号に掲載〕

西成活裕(にしなり・かつひろ)
東京大学 教授
東京大学先端科学技術研究センター教授。1967年東京生まれ。1995年に東京大学工学系研究科航空宇宙工学専攻博士課程を修了後、山形大学工学部機械システム工学科、龍谷大学理工学部数理情報学科、ドイツのUniversity of Cologneの理論物理学研究所を経て、2005年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻に移り、2009年から現職。著書に『渋滞学』『無駄学』(共に新潮選書)など。