まだどこにもない技術の開発、すなわちイノベーションに挑戦することはワクワクする──。しかし、筆者の経験からすると、そんなに単純なものではない。筆者は、2005年にホンダを退職するまで経営企画部長を務めたが、もともとは技術者だ。16年の研究開発の末、日本初となるエアバッグシステムの量産・市販に成功した。その後、助手席側のエアバッグシステムも世に送り出した。
どこにもない技術だから当然、手本はない。未知の領域なので正解があるかさえ、分からない。成果がなかなか得られないと、「成功の見込みがない」とか「コストを考えろ」とかいった外野の声が耳に入ってくる。あなたがリーダーだったとしたら、失敗に終ったときの部下に対する責任も強く感じるだろう。そんな中で研究開発を続けていくには、自らの志を推進力にするしかない。自らを叱咤するしかない厳しい世界だ。
にもかかわらず、「イノベーションに挑みたい」──技術者の本能がそうささやく。イノベーションとは技術革新による新しい価値の創造であり、人々の暮らしや社会を良くする原動力となるからだ。
〔以下,日経ものづくり2010年4月号に掲載〕
中央大学 大学院 経営戦略研究科 客員教授(ホンダ 元・経営企画部長)