22万円という考えられない超低価格で発売されたインドTata Motors社「Nano」。そのNanoが日本で初めて公開された。コスト削減の手法を明らかにし、激化する低価格競争で勝ち残る方策を探る。

Part 1:新興国コストが基準に

小型・低価格車での競争力が課題 現地メーカーに負けない体質作り

自動車メーカー各社が一斉にコスト削減に取り組み始めた。新興国市場の成長と先進国における小型車シフトに対応した競争力強化のためだ。新興国並みのコスト競争力を実現できないと国内生産を維持することも難しい。これまでと発想を変えて基本機能から考え直さないと大きな効果は得られない。もう従来のような引き算のコスト削減は通用しないのだ。

 自動車業界には現在二つの大潮流が押し寄せている。一つはハイブリッド車や電気自動車に代表される電動化の加速だ。そしてもう一つが、自動車需要が急増する新興国における小型・低価格車の台頭である。中国やインドは年率2けたのペースで自動車需要が拡大。これを象徴するように中国は2009年に1360万台の自動車を販売し、世界一の市場に躍り出た。
 販売台数の拡大という点で見れば、競争の舞台は今や新興国に移りつつある。そこで待ち構えるのは、過酷な価格競争である。例えば中国では、現地自動車メーカーのクルマが日系自動車メーカーの半分の価格で売られている。また、インドでは2009年にTata Motors社が11万ルピー(1ルピー2円換算で22万円)の超低価格車「Nano」を発売し、将来年間100万台規模の販売を狙っている。
 こうした低価格車は、従来の先進国メーカーの製品では考えられなかった新たな市場を創出した。コンサルティング会社のA.T. カーニーは、Nanoに代表される2200 ~ 7800ドルの低価格車の販売が、2020年までに世界で現在の6倍強となる1000万台以上に拡大すると予測する。

以下,『日経Automotive Technology』2010年5月号に掲載

Part 2:超低価格の秘密

スペックを見直して構造を簡素化 欧州系メーカーが主要部品を供給

最低価格で11万2735ルピー(22万5000円)を実現したTata Motors社「Nano」。ここでは日本で初めて公開されたベースモデルの「Standard」を詳しく紹介する。コスト削減の基本は現地に合ったスペックを設定し構造を簡素化すること。ブレーキ、ステアリング、シートなどが専用設計で作られている。一方、エンジンECUには低価格車用の汎用品を使っている。

 Tata社「Nano」の価格は最低で11万2735ルピー(22万5000円)から。これは製造するインド北部のPantNagar工場近くの販売店で、Euro2の排ガス基準に対応した車両を購入した場合だ。デリーなど主要都市ではEuro3対応が求められるため、価格は12万3360ルピー(24万7000円)に上昇する。
 ベースモデルの「Standard」には、エアコンはおろかヒータもなく、それどころか送風機能を実現するためのファンもない。これはインドで最大シェアを握るMaruti Suzuki社のエアコンなしの最廉価モデル「Maruti800」(20万ルピー=40万円)の機能よりも大幅に劣っている。
 NanoのStandardモデルは、Maruti800が装備するヒータ、デフロスタ機能や衝撃吸収ステアリング機構がないうえ、前席のリクライニング機構さえ省いており、徹底的に機能を簡素化している。
 ちなみにエアコンが装着されるのは3段階あるモデルのうち中位の「CX」より上のモデルで、価格は13万9780ルピー(28万円)から。Maruti800のエアコン付きモデルは22万5000ルピー(45万円)程度なので、15万円も安い。

以下,『日経Automotive Technology』2010年5月号に掲載

Part 3:専用設計か、モジュール化か

部品種類が増えてもコストを重視 基本機能から積み上げられる構造へ

Nanoに見られるような大胆な発想の転換が今後のコスト削減に求められている。そこで必要なのは、先進国向け部品から機能を省いていく引き算の手法ではなく、最低限の機能を満たす部品をベースに必要に応じて機能を加える足し算の手法だ。新興国向けの低価格部品をそろえる欧州部品メーカーの取り組みやNanoに刺激を受けて基本機能を考え直した日系メーカーの取り組みを見ていく。

 Part2で見たように、Nanoは思い切った簡素化による新しい発想でのクルマ作りに挑戦している。ここでの基本は、不要な機能を省いていく引き算というより、最低限の基本機能を最初に決め、必要なものは後から追加するという足し算の考え方である。
 Nanoの登場に何を学び、自社のビジネスにどう生かすか、企業により戦略は異なる。現在、Nanoの対抗車を出すと明言しているのは、日産自動車とインドの大手2輪車メーカーであるBajaj Auto社の合弁会社だけ。スズキ、ホンダは現時点で対抗車を考えていないとしており、トヨタ自動車が2010年1月のデリーモーターショーで発表した新興国向け戦略車の「Etios」もBセグメント車で、Nanoとは直接競合しない。
 したがって、完成車メーカーだけでなく部品メーカーも、低価格車市場に参入するのか、それともそうした技術を参考に自社のコスト競争力を磨くのか、戦略を定める必要がある。
 A.T. カーニーによれば、部品メーカーは以下の三つの選択肢を検討すべきだという。一つは、低価格車市場に参入すること。二つめは、Nanoに使われる技術を学んで、自社の製品へ活用すること。三つめは低価格車に部品を供給する競合メーカーの既存市場に対する進出に備えることだ。
 低価格車市場への参入は大きな成長も見込めるが、リスクも大きい。2番目は現実的な解といえる。現地メーカーのコスト構造を明らかにし、それを自社に取り入れることによって、新たな競争力を得ることができる。Part1で紹介したトヨタのRR-CIがこの考え方だ。
 ただ、ここで重要なのは、現地メーカーと同じものを作ることにとどまらず、「少し付加価値の高いものを低いコストで作ること」(トヨタ紡織常務の渡辺俊充氏)である。二つめの活動を実施すれば、三つめに挙げた競合メーカーの進出に対する備えにもなる。

以下,『日経Automotive Technology』2010年5月号に掲載