特許って,何だろう

(イラスト:丸山 幸子)

 そういえば先日,半年前に知財部門に異動した同期が久しぶりに電話してきた。ウチの会社が特許侵害で訴えられているらしい。

 「あのさ。お前のところ,あの技術を使ってるじゃん。あまり詳しくは言えないんだけど,ウチは裁判で相手の特許を無効にしようとしてるわけ。で,あの技術のことを書いた昔の資料を探しているんだけど,誰か知ってる人はいないかな?」

 “ムコーのコーベン”とか“トロール”とか,耳慣れない言葉を使っていた。ヤツも,新天地でそれなりに勉強しているようで安心した。

 あ。こんな時間だ。残業もできないし,今のうちに特許出願の書類を書いておかないと…。あーあ,特許っていったい何なんだろう。

『日経エレクトロニクス』2010年3月8日号より一部掲載

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第1部<現状>
技術の価値を失うリスク
日本メーカーが挑む壁

特許を取り巻く環境の変化は,日本のエレクトロニクス業界が直面する課題を映し出している。特許の権利を行使しにくい日本,知財大国を目指す中国,そしてインターネット…。「プロパテント(特許重視)」の掛け声の下,特許を強化してきた日本メーカーはどこに向かうのか。

図 裁判所で特許が無効になる

 ひとつ,また一つと日本で特許が消えている。消える舞台は,特許侵害訴訟の法廷だ。一度独占権を許された技術の評価が180度変わり,効力を失う例が相次いでいる。

 凸版印刷で知的財産業務に長年携わる萩原恒昭氏(法務本部本部長)は,“消える特許”を体験した当事者の一人。3年半前,被告側として挑んだ特許侵害裁判で,大日本印刷の特許を無効とする判決を逆に勝ち取った。カギは,凸版側が提示した二つの技術資料。そこには,大日本の特許の進歩性を覆す先行例が記されていた。

訴えると特許が消える

 実は,特許侵害訴訟で裁判所が特許を無効と判断した事例は,凸版と大日本の訴訟だけではない。この数年,日本では同様の判決が増えている。

 キッカケは,富士通と米Texas Instruments,Inc.が争った,いわゆる「キルビー特許訴訟」で,最高裁判所が2000年に下した判決だ。特許庁だけに委ねられていた特許無効の判断を,裁判所が独自に下せることを示した。その後,2004年に判決を条文化する形で特許法が改正された。

 特許無効の判断で原告が敗訴する例が増えたのは,この時期からだ。

『日経エレクトロニクス』2010年3月8日号より一部掲載

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第2部<対策>
休眠特許からトロールまで
山積する課題に立ち向かう

発明そのものの価値と,特許が生み出す価値が正対しない状況が続いている。有力な特許が企業内に埋もれ,怪しげな特許が侵害訴訟の場で大きな顔をする。こうした特許の歪みに,敢然と立ち向かうエレクトロニクス企業の姿を追う。

図 不安定になった特許の価値

 わずか15カ月の間に,1300件以上もの特許を入手したベンチャー企業がある。2008年に創業した米RPX Corp.だ。特許取得に投じた金額は,なんと2億米ドル以上に及ぶ。

 「特許侵害訴訟に巻き込まれるリスクを減らします」というRPX社の新手のサービスに,世界の大手企業がこぞって加入した。米IBM Corp.や米Intel Corp.,米Microsoft Corp.,フィンランドNokia Corp.,パナソニック,韓国Samsung Electronics Co., Ltd.,ソニーなど,そうそうたる顔ぶれだ。

 RPX社のように特許関連の新しいビジネスモデルを提案する企業が登場し,そこに世界の大手メーカーが群がる。その様子は,特許との付き合い方が新たな局面に入ったことを象徴している。

 特許との付き合い方の変化は,特にエレクトロニクス分野で顕著だ。事業サイクルの短期化やデジタル家電の多機能化が進んだことで,発明そのものの価値と,特許で得られる価値に大きなズレが生じるようになった。「使われない特許」に「パテント・トロール」,「特許の無効化」…。特許を取り巻く環境の歪みが,さまざまなところで目立つようになっている。

 ある特許は,技術的には大きな進歩であるのに使われずに眠ってしまう。また別の特許は,有効かどうか疑わしいのに高額の賠償金をめぐる侵害訴訟の材料となる。こうした特許の不安定さという課題に直面した企業は,解決の方向性を探りながら懸命に闘っている。その現場をレポートする。

『日経エレクトロニクス』2010年3月8日号より一部掲載

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第3部<中国>
アメとムチの制度改革で
“知財大国”を奪い取る

特許法改正で自国の産業保護を強く打ち出す中国。見えてくるのは,日米欧の知財制度を学び尽くし,政府による特許の管理を軸に,力ずくで技術覇権を奪う姿勢だ。

図 日本企業で過去最高の損害賠償額

 2009年12月21日。日本の最高裁判所に当たる中国最高人民法院は,環境技術メーカーの富士化水工業と中国の電力事業者の華陽電業に,巨額の損害賠償などを命じる特許侵害裁判の最終判決を下した。

 賠償額は5061万2400元(約6億8000万円)。日本メーカーが敗訴した中国の特許侵害訴訟としては,過去最高の賠償額とみられている。2008年5月の1審判決でも同等の賠償額を命じる判決が出ており,最終判決の行方は法律関係者の注目を集めていた。

 この訴訟が関心を呼んだ理由は賠償額に加え,訴訟に至る経緯にある。そこからは,中国における特許制度の特異性が浮かび上がってくる。

環境調査の依頼主を提訴

 富士化水工業などが侵害したとされるのは,中国のChina Environmental Project Tech Inc.(CEPT社,武漢晶源環境工程)の海水脱硫技術に関する特許だ。CEPT社は1994年に設立された企業で,環境技術の調査や研究開発などを手掛ける。海水脱硫技術は,工場などの排煙に含まれるSOxガスを海水に触れさせ,Sを除去する技術である。

『日経エレクトロニクス』2010年3月8日号より一部掲載

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