家電が社会の窓になる

「大型ヒット商品のネタが見つからない」。家電メーカーの開発現場からは,しばしばこんな嘆き声が聞こえてくる。しかし,本当にネタがないのだろうか。今,ネット上で「人と人がつながる」ことを支援する数々のサービスが急成長している。この人間の根源的な欲求に根ざしたソーシャル・サービスにこそ,成功のヒントが隠されている。友人や親とのコミュニケーションを何らかの形で支援する──。そんな仕組みを家電が提供できれば消費者は新たな価値をそこに見いだすことだろう。「ソーシャル家電」が,家電の新時代を築く。

デジカメの「すれちがい通信」ってあるでしょ。昨日,すれ違った人の写真を見に行ったんだけど,けっこうみんないい写真撮ってるね。そうそう。すっごいカワイイ犬の写真を載せてる「70代男性」のおジイちゃんがいたから見に行ってたんだ。で,今日になってデジカメの電源入れたら怒られちゃった。「足跡を残したらちゃんとあいさつしなさい!これだから最近の若い者は…」だって。
(イラスト:朝倉めぐみ)
『日経エレクトロニクス』2009年10月5日号より一部掲載

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第1部<風を読む>
つながりたい気持ちを
家電の価値に変える

「人とつながりたい」という根源的な願望が,携帯電話向けSNSの急激な成長を支えている。パーソナルな行動を支援してきた家電を,ソーシャルな行動を支援するものに変貌させる。それが家電の新たな進化の方向性になりそうだ。

ソーシャル化がキーワードに

 「何度見てもウチの孫はかわいいもんだ。また『もっと送ってください』と返しておこう」──。

 京都市在住のある老夫婦が,リビング・ルームのテレビに見入りながら,こう会話していた。テレビに映っていたのは,この夫婦の二人の孫の写真とメッセージが入った絵はがき風の画像である。実は,彼らはこの画像を見るために複雑な操作は一切していない。東京に住む息子が,携帯電話機で孫を撮影し,それをメールに添付して送信しただけだ。これまでは息子が定期的に写真を郵送していたが,このサービスを使えば,つい先ほど撮った孫の姿を見せられる。老夫婦は,現実の距離を超えて家族の結び付きを深められるこのサービスを,いたく気に入っているという。

ソーシャル化に光明

 急速な価格の下落,目立ったヒット商品の不在。ここ数年,デジタル家電市場を取り巻く環境は厳しい。

 「もうハードウエアを提供しているだけでは,大きな収益を上げることはできない」。家電メーカーらはこの状況から脱却するため,ネットへの対応に新たな付加価値を求めてきた。さまざまな紆余曲折がある中でようやく見えてきたのは,ャuラビアс|ストカードのように「人と人のつながり」を支援するようなサービス,つまり,家電の“ソーシャル化”に大きな可能性があることである。

『日経エレクトロニクス』2009年10月5日号より一部掲載

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第2部<成功の条件>
分かりやすい仕掛けで
喜怒哀楽の“絡み”を支援

これからの家電開発のキーワードは,人と人をつなぐ「ソーシャル化」にある。先行するWebサービスなどの事例から,成功の条件となるヒントが大きく三つ見えてきた。「つながりたい気持ちの後押し」「“絡みネタ”の提供」「役立ちたい気持ちの取り込み」である。

仮想空間で「コト」を消費

 2009年5月。SNS運営大手のグリーは,満を持して“保育園”を開設した。保育園不足で多くの待機児童があふれる現状に目を付けた新規事業などではない。携帯電話向けのSNSに開設した仮想保育園である。

 名称は「クリノッペ保育園」。クリノッペは,グリーがSNS「GREE」で提供する人気のペット育成ゲーム「踊り子クリノッペ」に登場する謎の仮想生物だ。名付け親になったユーザーは,既に数百万人規模。さまざまなダンスを覚えさせ,他のユーザーと見せ合ったり,コンテストに参加したりすることなどを目的に,自分のペットを育てる。

 グリーの保育園は,この仮想ペットを預かる施設だ。忙しさにかまけて世話をしないでいると,クリノッペはミイラのようになってしまう。悲しい思いをさせないように,多忙なユーザーに代わってSNS内の“保育士”が仮想ペットの世話をしてくれるのだ。

 サービスの利用には,月額315~3150円が掛かる。クリノッペの世話のほか,他のユーザーと交流する場を拡張したり,SNS内で通用する仮想通貨を入手したりできる。支払う金額が多いほど,保育の利用回数や,支給される仮想通貨の額などが増える。有料サービスにもかかわらず,仮想ペットに愛情を抱くユーザーの保育園サービスへの反応は上々で,「滑り出しは好調」(グリー)という。

“おしゃべり”が支える

 「所有から共有へ」「モノからコト(サービスやコンテンツ)へ」─。グリーの保育園サービスは,モノの所有を中心とした従来の消費スタイルが,コトの所有や共有にシフトしている現状を象徴している。インターネット上のコンテンツを介したユーザー同士の“おしゃべり”が支える,新しい消費スタイルを実現しているからだ。

『日経エレクトロニクス』2009年10月5日号より一部掲載

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