ネットワーク関連機器の巨人,Cisco社が,「動画」を切り口に消費者向け市場に本腰を入れている。これまで主に企業向けネットワーク製品で年間約4兆円の売り上げを誇るまでに成長してきた同社だが,今後はさまざまな形で家電メーカーとの接点も増えそうだ。Cisco社の思惑や,消費者市場に向けた戦略などを追った。

Cisco社の本格参入がネットワーク家電に促す変化

 2009年3月,米Cisco System, Inc.が発表した企業買収に驚きの声が上がった。約5億9000万米ドルで買収した企業が,米国で人気の低価格ビデオ・カメラ「Flip Video」を販売する米Pure Digital Technologies社だったからだ。「通信事業者など企業向けネットワーク製品で成長してきたCisco社が,なぜビデオ・カメラを販売する家電メーカーを買収する必要があるのか」。さまざまな憶測や疑問の声が,業界やメディアで流された。

 実は,Cisco社が「消費者向け市場」に力を入れ始めたのは,最近の話ではない。例えば,2006年には米Scientific-Atlanta, Inc.(SA社)を買収している。SA社は当時,米国のケーブルテレビ事業者にセットトップ・ボックス(STB)などを提供する大手メーカーだった。

 Cisco社の真の狙いは,STBやビデオ・カメラといった家電機器やその市場を手に入れることではない。事実,同社 Chairman兼CEOのJohn Chambers氏は,「我々は家電メーカーとは敵対しない」と明言している。簡単に言えば,消費者向け市場で使われる技術や経験を社内に蓄積して,成長分野のネットワーク関連製品や技術を提供することである。

キーワードは動画とUGC

 実は,インターネットのサービスの世界では,「Web 2.0」という言葉が喧伝され始めた2006年ごろから,企業向けサービスよりも動画やUGC†の活用が盛んな消費者向けの方が先を行っている,という見方が主流になっている。その象徴例が,米Google Inc.が消費者向けに開発したサービスを基に,後に企業向けにサービスを提供していることだろう。企業向けのネットワーク製品で成長を遂げてきた Cisco社も潮流の変化に気付いており,直接,消費者市場に参入することを決断した。

 2009年6月,Cisco社は「Cisco Live!」と呼ばれるイベントを開催した。その基調講演に立ったChambers氏は,「我々が手掛けるすべての活動に動画がかかわってくる。 Cisco社は動画をネットワークでやりとりするためのアーキテクチャを開発していく」と述べた。つまり,動画やUGCを軸にした消費者向けのサービスに今後大きな成長性があるとみて,それに関するさまざまな技術や製品を提供していく戦略である。

 当然,Cisco社のビジネスは,家電メーカーが今後の成長の糧として期待している「ネットワーク家電」にも及ぶ。家電メーカーにとっては,Cisco社と組むことによって,開発のスピードを高めたり,従来にない付加価値を持った製品を開発したりできるかもしれない。Cisco社は,動画などを扱うネットワーク家電を構築するための各種の技術資産を一括してメーカーに提供できるからである。一方で,STBやビデオ・カメラなど一部の製品では直接競合することもあるだろう。

 いずれにせよ,日本の家電メーカーにとって重要なのは,Cisco社はもはや企業向けネットワークの世界の黒子ではなく,巨大な資本力と技術力を兼ね備えた企業として,常に意識しておくべき存在なのである。

『日経エレクトロニクス』2009年9月21日号より一部掲載

8月24日号を1部買う