「オープン・イノベーション」というコンセプトの提唱者であるUCBのHenry Chesbrough氏は,自著の中で「自社のテクノロジーを発展させたいのなら,社内のアイデアとともに社外のアイデアを活用できるしそうすべきだということ,そして市場への進出にも,社内とともに社外を経由したルートを活用すべきということを想定したパラダイム」であると説明する。なぜ技術革新にオープンさを求めなければならないのか。NEC 取締役会長の佐々木元氏,IBM社で研究開発部門を率いるJohn E. Kelly III氏,Chesbrough氏が対談した。

研究の外部委託が徐々に広がる
国内企業の研究費の総額と,外部に委託した研究費の割合の推移を示した。研究費が徐々に増加するのに合わせて,外部委託の割合も増加傾向にある。(図:NEC 取締役会長 佐々木元氏の講演資料を基に本誌が作成。統計データの出典は総務省)

─100年に1度ともいわれるような危機に瀕している今,なぜオープン・イノベーションが必要なのでしょうか。むしろ,今こそクローズで,自分のところに全部取り込んでしまうべきだという考え方もあります。

Chesbrough氏 「危機」という感覚があってこそ,会社は変革ができるものです。私が研究してきた米IBM Corp.や米Procter & Gamble Co.といった企業の歴史を見ると,このような危機にこそオープン・イノベーションを模索したことが分かります。

 例えば1992年に危機に直面したIBM社は,変革を断行しました。大々的に従業員を解雇し,社外からLouis Gerstner氏をCEOとして迎え入れたのです。Gerstner氏は,それぞれの事業部を財務的に安定させる取り組みを進めた上で,新しい成長の機会を模索しました。半導体部門に代表されるように,社外との協業を前提とした事業形態を構築し始めました。

Kelly氏 当時のIBM社は,すぐにも死を迎えそうな状況にありました。閉鎖的になっていたことがさまざまな問題を引き起こしていたのです。Gerstner氏のように社外から来た人たちは,IBM社はオープンな技術を取り込むべきだと主張しました。

 典型的な例がLinuxです。無償のオープンなOSであるLinuxを取り込んで,極めて多額の資金を投入することで,エンタープライズ用途のOSに育て上げました。この不連続な変化によって,業界全体が短期間で成長し,我々は利益を得られると考えたのです。

 もちろん反対意見もありましたし,議論は白熱しました。今思うと,こうした経験によって考え方を変えていなければ,ソニー,任天堂,米Microsoft Corp.という3社のゲーム機に向けたマイクロプロセサを開発するといった協業はできなかったでしょう。

佐々木氏 オープン・イノベーションは,タイム・ツー・マーケットの短縮のために必要です。本当に市場が必要としている時期に,適切な製品を供給できること,これが一番大事になっています。市場の変化が速くなり,製品の寿命が短くなってきたからです。それと同時に,企業の中で発生する費用を,どのような優先順位で配分するかも考えなければなりません。

 付加価値を生まない仕事を減らしていくことによって研究開発の原資を確保し,タイム・ツー・マーケットを短縮するためにオープン・イノベーションという仕組みを活用する。これが,今の経営に求められている判断でしょう。

『日経エレクトロニクス』2009年6月29日号より一部掲載


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