偽札識別器での失敗からの起死回生を狙って,第二弾の自社製品に取り組みだしたアイ・シー・アイデザイン研究所(ICIデザイン研究所,本社大阪市守口市)の飯田吉秋。横に倒してもこぼれないが,人が飲もうとすると容易に飲める---。そんな機能を実現するフタの開発に挑戦してきた。しかし,最初に完成した試作品に対する父親の評価は最悪のものだった。

飯田吉秋 アイ・シー・アイデザイン研究所代表取締役社長
写真:直江竜也

 製品の構造を根本から考え直さなければならないのか---。

 2007年4月,試作品に対する父親の思わぬ不評に,飯田吉秋は暗澹たる気持ちで実家を後にした。考えに考え抜いてたどり着いた一条スリット方式。その自信は揺るぎないものだった。だが,こうしたフタを開発するきっかけとなった張本人に認めてもらえなければ,それ以上,開発を進めるわけにはいかなかった。

 「どうしたら飲んでくれるんだ」。飯田は自問自答を繰り返す。しかし,なかなか答えは見つからない。父親は「普通の飲み方がいい」と言うが,「普通の飲み方」とは何なのだろうか…。

「お父さんはああ言ったけど,母さんは結構,いいと思うわよ」

 息子に対する慰めの言葉だったのかもしれないが,試作品を使ってみた母親の反応は悪くなかった。そういえば,と,開発時に相談した医師の話を思い出す。

 「男性と女性では水分を摂取する際の飲み方が違います。基本的に男性は,がぶ飲みする傾向があるんです」。だとすると,飲もうとしたときに出てくる流量を増やせばよいのだろうか。しかし,水分は少量ずつ小まめに摂取することが健康の維持には不可欠だとも医師は話していた。安易に流量の増加を目指すべきではない。1回で少ししか飲めないことには慣れてもらわなくてはいけないのだ。

 出口が見つからない飯田は数日後,実家の母親へと電話をかけて様子を聞いてみた。「気が向いたら使ってみてくれよ」と試作品を置いてきていたからだ。

〔以下,日経ものづくり2009年6月号に掲載〕