部品の形状や寸法などのバラつき範囲を規制する「公差」。適切な公差の設定は,品質とコストを高い次元でバランスさせるためには不可欠だ。ところが,多くの企業でこの公差の「質」がいつの間にか低下している。このままでは,世界で闘う競争力が失われてしまう。今の時代に合った質の高い公差設計を身に付けるべく,一部の先進企業は既に再入門の扉をたたいている。(中山 力)
Part1:なぜ今,公差なのか
公差設計を勉強し直したいという企業が,2年くらい前から急激に増えている」。こう語るのは,公差設計のコンサルタントなどを行っているプラーナー(本社長野県・下諏訪町)で代表取締役を務める栗山弘氏だ。「相談してくるのは,最初は電機メーカーが中心だった。しかし,今は自動車業界からの依頼も増えている。企業規模も中小から大手まで幅広い」(同氏)。
公差は,ものづくりに携わる技術者にとって基本中の基本。設計で決めた部品の形状や大きさが,実際に製造したときにその通りになるとは限らない。必ず発生するバラつきを,どの程度許容するのか---。公差情報は,設計内容を実体化する上で不可欠な,設計と生産の懸け橋である。
しかし,その公差をいま一度,学び直そうというメーカーが増えている…。一体,日本のものづくりの裏側で何が起こっているのだろうか。
日本のものづくりを支えているのは,高品質かつ低コストという強い競争力だ。その土台が,長年培ってきた公差のノウハウである。しかし今,この土台が崩壊の危機に直面している(図1)。
〔以下,日経ものづくり2009年6月号に掲載〕
Part2:基本知識を学ぶ
公差設計をしていく上で身に付けておくべき知識は幅広い。ここでは,中でも基本的な知識について解説していきたい。公差を勉強し始めたばかりの技術者だけでなく,公差の基本知識は十分に持っていると自負している技術者も,あらためて読んでみてほしい。当たり前だと思っていたことでも,実はある一面しかとらえていなかったケースがあるかもしれない。
公差を厳しくすれば製造コストが高まり,公差を緩めれば低くなる---。公差を考えるときの基本はその通りだが,実は逆の場合もある。工程能力に余裕があるなら,公差を変えてもコストは変わらないこともある。
例えば,公差が緩すぎると加工は楽になるが,後工程でトラブルが発生しやすい(図2の上)。組立工程に投入する前の部品を測定してランク分けする必要が生じたり,作業者が現場でトライ・アンド・エラーでぴったりはまる部品の組み合わせを探ったりする事態を招き,思わぬコストが発生するのだ。
〔以下,日経ものづくり2009年6月号に掲載〕
Part3:公差検討の実例
公差の見直しが必要だと分かっていても,どこから手を着けていいのか迷う場合もあるだろう。先進企業は,実際にどう公差設計を見直したのか---。ここでは,新製品で採用する位置決め機構の妥当性を検討したローランド ディー.ジー.(以下,ローランドDG)と,調整機構レスの搬送装置の実現可能性を検討したアスリートFAの2社の事例を基に,公差検討のポイントを紹介する。
ローランドDGの主力製品の一つである業務用の大型インクジェット・プリンタ。同社は,その新製品でヘッド駆動機構を刷新,特に待機時の位置決め機構を大きく改良した(図3)。
複数のヘッドを搭載したキャリッジは,水平に設置されたレールに沿って往復運動しながら印字するが,待機時には「キャップユニット」と呼ぶモジュールの上に,正確に停止させる必要がある。
〔以下,日経ものづくり2009年6月号に掲載〕
Part4:解析ツールの活用
部品点数が少なく,ただ積み上げるような単純な構造であれば,アセンブリの公差は簡単に計算できる。しかし部品点数が多く,部品と部品が接触する部分の向きや形状が複雑なアセンブリの公差を計算するのは,かなりの手間を要する。
忙しい設計者にとって,公差計算をいかに効率化するかは非常に重要な課題だ。計算結果を見ながら対応策を検討することこそ時間を割くべき本来の設計業務であり,それ以外の作業工数が増えるのはムダである。このムダをすっきり排除しないと,公差設計の導入にも黄信号がともりかねない。
〔以下,日経ものづくり2009年6月号に掲載〕
Part5:幾何公差の意義
大手メーカーなどから部品加工の外注を受けた協力企業は,その部品が実際にどう使われるのか分からないことがほとんど。図面にあいまいな部分があっても,なるべく精度を高く出しながら加工してしまう」。こう語るのは,多くの中小加工業者の実情をよく知る,海上技術安全研究所環境エンジン開発プロジェクトチーム/機関システム開発研究グループグループ長の平田宏一氏である。
現在は不適切な公差指示でも,なんとか日本のものづくりは成り立っている。その背景には,度重なる擦り合わせの経験を持ち,優れた技術力・応用力を兼ね備えた生産現場の存在があった。だからこそ,あいまいな図面でも不具合の発生しない部品を造ることができていたのである。
〔以下,日経ものづくり2009年6月号に掲載〕