人工衛星はこれまで「限られたメーカーが限られた顧客のために作る特別なもの」だった。日本で衛星を開発しているメーカーは三菱電機とNECくらいであり,ユーザーも国や通信/放送事業者に限られていた。大きさは一軒家程度と巨大な上,数百億円もの巨額の開発費と約5年におよぶ膨大な開発期間がかかっていた。用いる部品も,高価な宇宙専用品に限られていた。

 この流れが変わる。人工衛星が極めて身近な存在になる。実現するのが,近年,急速に増えつつある100kg以下の超小型衛星である。性能や信頼性では従来の大型衛星に劣るものの,開発費が1億~2億円程度と安く,かつ1~2年の短期間で開発できるというメリットがある。安価な民生用部品を流用することで低コストを実現したのだ。

 所有のハードルがグッと低くなるため,ユーザーが爆発的に広がる可能性を秘める。衛星の特徴は「地球規模の超広域センサ」になり得ること。しかも,欲しいデータがほぼリアルタイムに手に入る。応用範囲は,農業,鉱工業からIT,コンテンツに至るまで幅広い。ユーザーが増えれば「大手電機メーカーが超小型衛星を年間数万台生産する」といった世界がやって来るかもしれない。

『日経エレクトロニクス』2009年5月18日号より一部掲載

第1部<高まる期待>
機器,部品,サービスで新市場
あらゆる可能性が広がる

さまざまな業種の企業が,こぞって人工衛星を所有する時代が間近に迫っている。これを実現するのが,重さ100kg以下の超小型衛星である。超小型衛星の市場が広がることで,多くのエレクトロニクス・メーカーに参入のチャンスが生まれる。

Google Earthが利用しているGeoEye-1の撮影画像

 「GeoEye-1」という人工衛星をご存じだろうか。地図情報提供企業の米GeoEye社が2008年9月に打ち上げた,「41cm」という商用では世界で最も高分解能の画像を撮影する能力を持つ人工衛星である。このGeoEye社と契約し,GeoEye-1の撮影画像を利用する権利を得ているのが米 Google Inc.である。

 Google社が人工衛星に入れ込む狙いは,「Google Maps」や「Google Earth」などの地図情報サービスで,リアルタイムの情報を提供することにあるとみられる。現在のGoogle MapsやGoogle Earthが表示する詳細地図の写真の多くは,過去のある時点を示したものにすぎない。基本的には航空機から撮影した写真を使っているためだ。これに対して,人工衛星から撮影した高解像度写真を多用すれば,Google MapsやGoogle Earthで見せる情報をリアルタイムに近づけられる。人工衛星は航空機とは異なり,常に地球の上を回っているからだ。

『日経エレクトロニクス』2009年5月18日号より一部掲載

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第2部<衛星開発の勘所>
基本的には電子機器そのもの
宇宙に特有の事情に注意

人工衛星の内部構成は,通常の電子機器とそれほど差はない。このため,通常の電子機器に用いる民生用部品をそのまま流用できる場合が多い。ただし,熱や放射線といった宇宙特有の事情には注意する必要がある。

人工衛星は「衛星バス」と「ミッション機器」から成る

 「人工衛星はまぎれもない電子機器である」。無人宇宙実験システム研究開発機構(USEF))の理事 技術本部長である伊地智幸一氏はこう語る。「携帯電話機も,初期の製品は肩に担がなければならないほど大きいものだった。それが,エレクトロニクス技術の進歩で100g以下に小型・軽量化できた。人工衛星も同様だ。最新のエレクトロニクス技術を使えば, 小型でも高性能・高機能の衛星を作れるはず」(同氏)。

 これを裏付けるように,USEFはNECと共同で,第1部の冒頭で取り上げた人工衛星「GeoEye-1」に勝るとも劣らない高分解能(50cm以下)の小型衛星「ASNARO」の開発を進めている。GeoEye-1の重さが約2トンであるのに対し,ASNAROの重さは450kgと1/4以下。軽量化のため,望遠鏡を構成する反射鏡の材料として従来のガラスの代わりに「NT-SiC」という,軽量で高強度の新素材を採用した。加えて,反射鏡の開口径を66cmと,GeoEye-1の110cmの約半分に抑えた。もっとも,開口径を小さくしただけでは分解能が落ちてしまう。ここで活躍したのが,最先端のエレクトロニクス技術である。具体的には,裏面照射型の高感度撮像素子を 使うことでGeoEye-1並みの分解能を確保した。ASNAROは2011年初めに打ち上げられる予定である。

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第3部<克服すべき課題>
打ち上げ手段と電波の確保が
今後の市場拡大のカギ

ピギーバックは超小型衛星の初期の打ち上げに大きく貢献したが,不都合も多い。本格的な市場拡大のためには,超小型衛星だけを安価に打ち上げられる手段が求められる。衛星には電波の利用も必須だが,国際調整に数年かかることに注意する必要がある。

超小型衛星専用の打ち上げ手段が望まれる

 盛り上がりを見せる超小型衛星だが,本格的に普及するためには克服しなければならない課題が二つある。超小型衛星に特化した打ち上げ手段の確保と,通信に用いる電波の確保だ。

打ち上げ手段:低コストの手段を模索

 現在の超小型衛星は,ピギーバックという安価な打ち上げ手段を利用することで,全体としてコストを抑えることに成功した。ただし,いつまでもピギーバックに頼っていては,超小型衛星が産業として発展することは難しい。ピギーバックでは主衛星の都合が最優先されるため,「載せてもらう側」である超小型衛星にさまざまな制約が付いて回るからだ。

『日経エレクトロニクス』2009年5月18日号より一部掲載

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