出典:日経エレクトロニクス,2005年5月23日号,pp.98-103(記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)

2005年5月の創刊900号記念特集は,「インビジブル・エレクトロニクス」と題して,2010年以降に「見えない機器」の世界が訪れると主張した。サービスやコンテンツが主役の時代が来たときに,機器の存在をユーザーが意識しなくなることをそう表現している。有機エレクトロニクスが実現する,様々な大きさの機器を,ユーザー一人当たり数十~数百台使うようになると予測。こうした環境の実現は,まだしばらく先になる。(2009/05/15)

2010年ごろ,エレクトロニクス業界の長年の目標だった,各種のデジタル機器のHDTV対応が完了する。その先に待つのは,「見えない機器」の実現だ。ユーザーに存在を意識させないことで,1人当たり何十台もの機器を使ってもらうことを目指す。物理的な紙やモノの代わりに現実に入り込み,多彩な活動の支援を狙う。発想は古くからある。実現につながる技術が,ここにきて見えてきた。有機エレクトロニクスと,独自の普及戦略がカギを握る。

 エレクトロニクス業界には,2010年ごろまでに達成すべき大仕事がある。無数のデジタル機器をHDTV品質の映像に対応させることだ。

 2011年に予定される地上アナログ放送の停波を控え,家庭のテレビ受像機はすべてHDTV対応に切り替わる。その時までに,ハード・ディスク装置内蔵の録画機や次世代DVD規格対応の光ディスク装置,パソコンやゲーム機,それらをつなぐ家庭内ネットワークまで,HDTV映像を自在に扱える水準にしなければならない。デジタル・カメラやビデオ・カメラで撮影する映像も,当然HDTV品質になるだろう。携帯電話機さえ例外ではない。HDTV番組を受信し視聴するまでは至らぬとも,HDTV品質の動画撮影機能は,十分組み込まれ得る。

 HDTV映像の処理は,エレクトロニクス技術の1つの到達点といえそうだ。AV業界で,それは積年の夢だった。NHK放送技術研究所がHDTVの研究に着手したのは,1964年のことである。放送業界のみならず,コンピュータや通信業界にとっても,大目標だったことは間違いない。HDTV放送は,AVCC(オーディオ・ビジュアル・コンピュータ・通信)の融合のカギを握る技術といわれてきた。

 問題は,その先である。HDTV対応が完了した後,次なる目標が定まっていない。新たな市場の牽引役を創出できなければ,電子産業の規模は急激にしぼんでしまう。将来にわたってエレクトロニクス産業に活力を与え続けるには,全く新しい機器の姿を今から模索すべきだろう(図1注1)

図1 2010年以降に向けて
図1 2010年以降に向けて
現在各種の機器が目指している機能は,2010年ごろまでにはあらかた実現できる。その後に来る時代に備えて,今から準備が必要になる。

注1)デジタル家電製品では,HDTV映像の処理を実現した後の目標として,1画面の画素数が4000×2000程度のいわゆる4K×2Kの映像処理などがある。NTTドコモは,携帯電話機向けを想定して,3次元表示が可能なディスプレイや,触感を表示できるディスプレイを開発している。「ホログラム映像を映せる表示装置を開発している。携帯電話機の画面をのぞき込むことで,小さな端末でも大きな画面を実現できる。10年後の実用化に間に合わせたい。そのとき伝送路にはTビット/秒級の速度が求められる」(NTTドコモ マルチメディア研究所 所長の三木俊雄氏)。