出典:日経エレクトロニクス,1997年10月20日号,pp.99-114(記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)

日経エレクトロニクス創刊700号記念特集の後半は,「『個』に向かう家族を情報機器がつなぐ」。電子産業が「コネクテッド・ホーム」の実現を目指す上で,家庭の側で起きている変化を理解しなければならないと主張した。「家族団欒」を理想とした家庭像は崩壊し,家族の一人一人が「淡くて細い」縁で多くの人と繋がるようになる。それを支えるのが情報通信機器だ――当時の様々な社会現象から導き出したこの結論は,今なお色あせていない。(2009/05/01)

家庭の情報化。この実現に向けエレクトロニクス・メーカが勤き出した。技術をそろえ,スクラムを組んで巨大市場「家庭」に挑む。このとき忘れてはならないのが,ユーザ像を正確に把握すること。いま,家庭は大きく変わりつつある。家族の絆は弱まり,「個」に向かう。そして「個」は,外部と多くの細かいパイプでつながるようになる。このパイプの役を果たすのが家庭向けの情報通信機器,淡くて細い交わりを支えるコミュニケーション・ツールだ。

 家庭のありようが急速に変わり始めた。一緒に食事をし,一緒にデパートに行って買い物をし,いつも行動をともにするという家族像は,もはや過去のものになりつつある。家族の構成員は家庭というワクを飛び出して「個」に向かう。各個人が多種多様なコミュニティに属するようになる(図1)。

図1 いろいろな縁でいろいろなコミュニティに家族が所属する
図1 いろいろな縁でいろいろなコミュニティに家族が所属する
家庭に属する各個人は,これまで血縁や地縁,学校縁といった強固な枠組みのなかで,人と人とのネットワークを作っていた。これからは個人が,いろいろなネットワークに属するようになる。血縁や地縁などは枠組みの一つになる。

 同時に,個人のありようも変わってくる。家族という濃密な関係から逃れ,外部に多種多様なパイプをつなぐ。自分のことを何でも知っている親友ではなく,ちょっとした知り合いを家庭の外に数多く求める。このとき求めるのは濃くて太い関係ではなく,淡くて細い関係である。

 21世紀への突入をにらみ,情報通信機器メーカは虎視眈々と“家庭”市場をねらっている1)。 もしもこの試みを成功させたいなら,急速に変容しつつある家庭の将来像を的確に把握しておくべきだろう。ユーザ像を無視して「一家団欒」を想定した製品を出しても多くの人々には受け入れられない,との声は少なくない。

 「テレビが一通り普及した30年くらい前から「家庭の情報化」ということは言われていた。でも,生活文化ということをまったく考えていなかったから,ずっと絵に描いた餅で終わっていた。この状況は現在も変わっていない」(和久井孝太郎氏)注1)

注1)和久井氏は1950年にNHKに入局し,1953年からNHK技術研究所でテレビ・カメラの研究に従事。1985年NHK技術本部経営主幹(ハイビジョン実用化統括責任者)。1986年から電通で顧問。現在は電通を退社し,映像情報学会でメディア総合研究グループ代表を務める。メディアの歴史や現状に詳しく,一家言をもつ。