日本の製造業が転機を迎えている。自動車や電機を中心とした輸出依存の構造にかげりが見えたからだ。もちろん,輸出自体は否定できず,人口が減少に転じた日本にとって,世界は今までと同様,重要な市場であることに変わりはない。
 ただし,従来のままでは,明るい展望は描けない。今後10年をかけて国内市場を喚起し,さらに海外市場に打って出ていける産業を「ものづくり発」で創出する必要がある。本特集では,それが「農業」「エネルギ」「医療」の3分野と考え,自動車や電機のようなプラットフォーム型の産業に育てるための方策を提言としてまとめた。(木崎健太郎,荻原博之,中山 力)

パラダイムシフト

 2009年2月16日に内閣府が発表した,2008年10~12月期の国内総生産(GDP)の速報値は,衝撃と共に日本全土を駆け巡った。実質年率換算で12.7%減。この数字が日本経済に与えたインパクトは,大きく二つある。
 一つは,第一次オイルショック当時の1974年1~3月期の年率13.1%減に迫る,実に34年ぶりの大幅な下落率だったこと。もう一つは,先に公表されていた,米国とユーロ圏それぞれの第4四半期の経済成長率(年率換算)の3.8%減と,約6%減をはるかにしのぐ落ち込み方だったことだ。2008年9月の段階では,米国発の金融危機の影響は「ハチに刺された程度」(与謝野馨経済財政担当大臣),すなわち比較的軽微とみられていた日本が,実は世界で最も痛手を受けていた国の一つであることを,この数字が白日の下にさらしたのである。
 無論,こうした数字に一喜一憂し,過剰な悲観論に陥るのは生産的ではない。大事なのは,我々の目の前に突き付けられた数字を冷静に分析し背後にある問題を可視化して,強さを取り戻すための方策を考えることだ。そこで再び,冒頭の数字に戻ろう。
 12.7%減の主な要因を見ると,個人消費が0.4%減,設備投資が5.3%減,輸出が13.9%減と,輸出の減少幅が群を抜いて大きい。これは,米国をはじめとする世界経済の急速な悪化と急激な円高により,自動車や電機製品などの輸出が大幅に落ち込んだためだ(図)。

(中略)

 以上をまとめると,日本が今後注力すべき産業分野は,(1)現在は海外依存度が高い(日本による制御が困難である)ものの,人の生命にかかわる重要分野として国内でまかなっていく必要がある(2)内外需双方で市場のポテンシャルが高い(3)これまでに培ってきた日本のものづくり力が生かせ,世界で競争力を発揮できる─という三つの条件を兼ね備えたところとなる。
 本誌は,それが「農業」「エネルギ」「医療」であると考えた。続いて,この三つの産業分野ごとに,(1)~(3)の観点から検証を試みる。〔以下,日経ものづくり2009年4月号に掲載〕

図●財務省発表の,2008年1月~2009年1月の貿易統計
2008年9月のリーマンショック以降,輸出は坂道を転げ落ちるように減っていった。自動車と電機は同じような落ち方を示している。成長エンジンである輸出に急ブレーキがかかり,日本経済全体が冷え込んだ。

農業

  • 【提言1】消費者のニーズをきちんと把握し,売れる時に売れるものを作れる体制を整えろ
  • 【提言2】栽培ノウハウを蓄積し,共有できるデータベースを構築せよ
  • 【提言3】農作物の高付加価値化を進めることで,小規模農業の競争力を高めよ

 日本の農業を活性化するには,マーケットを国内だけではなく世界にまで広げて考える必要がある」。そう語るのは,東京大学大学院農学生命科学研究科農業・資源経済学専攻経済学研究室教授の本間正義氏だ。同氏は日本の農業が向かうべき方向として農地の大規模化だけでなく,極論すれば作物1本ずつの生育条件をきめ細かくコントロールするような「精密農業」も必要だと説く。
 確かに,農地を大規模化してこそ,機械化や自動化といった技術の適用効果は大きくなる。実際,田植えロボット(自律走行する田植え機)などが既に開発されており, 「安全性の面さえクリアすれば実運用できるレベル」(農業・食品産業技術総合研究機構中央農業総合研究センター研究管理監の谷脇憲氏)になった。集約できる農地は集約し,その中での効率化はどんどん追求すべきだ。
 しかし,島国で起伏に富んだ日本の国土を考えた場合,大規模化に限界があるのは明らか。日本では最大規模の農場でも,欧米では普通の規模の農場だ。この状況では,大規模化によるコスト低減だけでは海外に太刀打ちできない。たとえ大規模化しなくても,海外産の農作物に勝てるような農業のあり方を見つけることが必須である。〔以下,日経ものづくり2009年4月号に掲載〕

図●「儲かる農業」を実現するための施策
売れる時に売れるものを作れる体制を構築することが,儲かる農業へとつながる。そのためには,農作物の状態と生育環境の相関関係に基づいた環境制御技術の確立や,工業や商業の手法を適用することなどがポイントとなる。

エネルギ

  • 【提言1】自然エネルギ発電を一家に1台,電気はみんなでつくってみんなで使う
  • 【提言2】変動に強い送電系統の構築に「擦り合わせ」を生かせ
  • 【提言3】補助制度に振り回されることなく「,安全・安心」に向けて高い意識を持て

 エネルギにおける二つの「安心」,すなわち「安定供給」「地球温暖化防止」を追求するなら,具体策としての第1候補は自然エネルギの大量導入だ。中でも太陽光発電は,風力発電などと比べても,立地上の制約が比較的緩い。装置が小型で済み,住宅や工場の屋根に設置できるから,都市部でも設置可能。しかも,日本国内では日照時間が極端に短いなど,日の当たり方が特に悪い地方は少ない。
 そこで「住宅や事業所には1軒に1基の自然エネルギによる発電設備を設け,相互に連携し,電気をみんなで作ってみんなで使う体制にする」ことを提言したい。加えて,これを実現する手段として「変動に強い送電系統の構築に『擦り合わせ』を生かせ」「補助制度に振り回されることなく『安全・安心』に向けて高い意識を持て」という2点も,ここで提言する。〔以下,日経ものづくり2009年4月号に掲載〕

図●電気を「みんなでつくる」体制でエネルギ供給に「安心」を生む
遠い将来には,自然エネルギを利用し切ることで強固な安心・安全を確保できる。そのためにも,次の10年で太陽光発電や小水力発電などの導入を本格化させることが必要。 

医療

  • 【提言1】医師を医師と思うな,優秀なゲストエンジニアとして迎えろ
  • 【提言2】安全はリスクアセスメントで担保せよ
  • 【提言3】事業を設計できる「開発の鉄人」を育成し,活用せよ

 医療分野に参入し事業として立ち上げていくには,絶対に欠かせない条件がある。医療従事者との連携だ(図)。顕微鏡やカメラから内視鏡(胃カメラ)分野に参入し,今では消化器内視鏡の世界シェアで約7割を占める,オリンパスメディカルシステムズ第1開発本部長兼第2開発本部長の田口晶弘氏は,こう言い切る。
 「医療機器は民生機器と違って,我々が試しに使ってみることができない。民生機器の場合はユーザーになれるものの,医療機器の場合にはユーザー,つまり医師にはなれないからだ。アイデアやニーズは医師から吸い上げ,評価も医師に任せる。医師との連携なしに,医療機器の開発は不可能だ」。〔以下,日経ものづくり2009年4月号に掲載〕

図●医療機器分野における提言
超高齢化社会においては,先端医療の導入が不可欠。そのための医療機器開発では,医工連携が重要になる。