出典:日経エレクトロニクス,1982年9月27日号,pp.141-144(記事は執筆時の情報に基づいており,現在では異なる場合があります)

1982年発行の創刊300号では,当時流行の兆しがあった「人工知能」に着目。しかし,同じころに発足した「第5世代コンピュータ」の開発プロジェクトが象徴するように,その後の研究開発は高い目標に見合うほどの成果を達成できなかった。数々の分野に派生的な成果をもたらしたものの,専門家の判断を代行するシステムや知能ロボットの実現は,現在もまだ遠い先にある。(2009/04/02)

創刊300号特集「人工知能」の目次
創刊300号特集「人工知能」の目次
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 今年の春ごろ,米国の代表的なビジネス誌が相次いで「人工知能注)」特集を組んだ1)~3)。これらの記事は,英語で問い合わせができるデータベース,高度の医学的判断を行うシステム,推論能力を持つロボットなどを紹介し,その多くが企業ベースに乗りつつあることを述べている。また,人工知能の新市場を目指し,雨後のたけのこのように,技術指向のベンチャー会社が続々と設立されていることを伝えている。

注)英語ではArtificial Intelligence(AI),Machine Intelligenceという言葉が使われ,それを「人工知能」と訳している。

 1982年6月に開かれたNCC(全米コンピュータ会議)でも,「人工知能:研究室から厳しい現実の世界へ(Machine Intelligence : From the Laboratory to the Cold World)」というパネル・セションが多数の聴衆を集めた。現在どのような研究が行われ,実際にどんな応用が可能かについて活発な議論があった。

 日本では,最近「新世代コンピュータ技術開発機構」が発足し,いわゆる「第5世代コンピュータ」4)の開発が本格的に始まった。後で見るように,この計画は人工知能の研究開発に深く関連しており,人工知能の機能を支えるマシンと,その上に構築される人工知能ソフトが主題となっている。

 学会誌でも特集が組まれた5)~7)。最近新聞が華やかに取り上げている「新技術」の記事でも,人工知能,知能ロボットなどが,格好のテーマとなっている。

 このように人工知能に対する関心が高まり,産業に及ぼす影響が注目されているが,人工知能とは何か,については一般によく知られていない。そこで人工知能とはどういうものかという疑問に答え,どのような手法が使われているかをわかりやすく紹介しようというのが,本特集を企画した動機である。

パターン認識,知能ロボットと深く関連

図1 人工知能とパターン認識,知能ロボットの関係
図1 人工知能とパターン認識,知能ロボットの関係
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 本誌の 100号特集では,パターン認識を取り上げた8)。パターン認識と人工知能を対比させながら,本特集がカバーするテーマを図1に示す。

 人工知能とパターン認識,知能ロボットは相互に深い関連のある分野で5),どこまでがパターン認識で,どこまでが人工知能か,はっきりしない場合も多い。それを単純化して図式化したのが図1である。たとえば,文字認識では,文字パターンを読んで,文字ストロークなどの特徴を抽出し,最後に何という文字であるかを判断する。「情」という入力パターンが漢字の「情(じょう,なさけ)」という字であることを識別するまでが文字認識の領域である。「情」が他の文字と結合して「人情」,「情報」となったとき,どのような意味を持つのか,文章全体は何を意味するのかを扱うのは人工知能の領域に入る。音声,画像についても同様のことがいえる。

 「知識」や「意味」とは何かを一般的に定義するのは難しい。人聞の行動をみると,たとえば,日本語を完全に読める人が自分の専門とは異なる分野の専門書を読んでも理解できない。一方,不完全な英語しか話せなくても,自分の専門ならば相手の英語の内容を十分に理解し,意味を通じることができる5)。この場合,人聞が持っている知識の働きにより,意味を把握できたといえよう5)。 同じことをコンピュータにやらせるためには ,「知識」をコンピュータが扱えるように形式化して蓄える必要がある。人聞の推論機能を再現するには,推論機能もやはり形式化し,コンピュータに入れなければならない。人聞の推論は,記号論理学的な推論ではなく,主に連想や経験的手法に基づいているらしいという意見がある11)