(イラスト:北村 公司)

「もしできるなら,実はネット家電とか,クルマとか,部品とかも作りたいんですよね…」

 芸者東京エンターテインメントという風変わりな名前のベンチャー企業のCEO兼ファンタジスタ,田中泰生氏は,ぼそりと話した。同社は2008年,拡張現実(AR)技術を使ったパソコン向けソフトウエア「電脳フィギュア Aア リスRis」を発売し,ネット・コミュニティーで話題を呼んだ。

 パソコンのWebカメラで「電脳キューブ」と呼ばれる箱を撮影すると,画面上では箱の上にメイド姿の女の子が現れる。手の形をした「電脳スティック」を女の子がいる辺りにかざすと,女の子は喜んだり,怒ったりする。この仮想フィギュアで遊ぶ様子は,インターネットの動画共有サービスに投稿されて人気を博した。

 その田中氏が,なぜ機器開発に取り組みたいのか。理由は,機器開発の素養があるからでも,ハードウエア事業を立ち上げたいからでもない。自分が構想しているサービスの受け皿となってくれそうな機器が見当たらないからだ。「 例えば,ユーザー・インタフェース。どの機器も結構昔からあまり代わり映えしないですよね。『iPhone』のタッチ・パネルで少し面白くなってきましたけど」

 田中氏だけではない。今,ネット・サービスなどの業界では,同じように「自分で機器を作れたら…」とこぼす開発者や経営者が少なくないのだ。理由はさまざまだが,一致するのは「今ある機器では,自分が考えるサービスを実現できない」という点である。実は,彼らの声は多くのユーザーの思いを代弁しているのではないか。

 欲しいならば,作ればいい。エレクトロニクスの世界ではかつて,そうした時代があった。高価で買えないラジオやオーディオをどうしても使ってみたい。そんな欲求に駆り立てられた人たちは,情報が少ない中,むさぼるように雑誌などを読み,少ない部品をかき集め,自らの手で機器を作り上げた。

 「手作り」は欲しいモノを手に入れる手段であると同時に,それ自体がエンターテインメントだった。その流れは「自作パソコン」「ロボット」「デコ電」などにすそ野を広げ,脈々と続いている。

 面白いモノを作りたい。自分好みの機器を作りたい。デジタル家電の競争が価格中心になり,ユーザーに驚きを与える製品が少なくなった今,手作りの“マグマ”は,これまでとは姿を変えて再びエレクトロニクスの世界に噴出しようとしている。インターネットなどを駆使し,ユーザー自らが作った唯一無二の機器「UGD(user generated device)」として。

『日経エレクトロニクス』2009年3月23日号,pp.54-55から転載しました。創刊1000号記念特集「誰でもメーカー」の概要はこちら