ソニーの開発チームは,最高のパートナーに巡り合ったと言っていい。

 1988年11月。非接触ICカードを鉄道の自動改札機に導入することを目指し,ソニーは鉄道総合技術研究所と共同開発の契約を交わした。半年先の1989年春をめどに,実験用のシステムを鉄道総研に納入する。研究所同士の取り決めとはいえ,将来性は目もくらむほどだった。開発が成功すれば,何百万人もの乗客を擁するJRグループを相手にビジネスが動き出す。

 それでも,開発チームを統括する伊賀章と,実際に技術開発を主導する日下部進の二人は,手放しでは喜べなかった。この開発は困難を極めると直感していたからだ。鉄道総研が求める非接触ICカードの仕様には,厳しい数字が並んでいた。いわく「1分間に60人通過」「メモリは数百バイト」「通信時間は200ms」「改札での誤り率は10-5以下」…。