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線形補償型増幅回路:無線回路の消費電力の低減に一役

「ポーラ変調」技術とは(1)

小山 陽子=日経エレクトロニクス
2007/04/03 19:50
 

日経エレクトロニクス2007年4月9日号,pp.153-159から転載しました。

ポーラ変調は,パワー・アンプを飽和動作させながら信号を振幅変調する技術である。パワー・アンプに高い線形性を要求する必要がないため,消費電力の低減が期待できる。今回は,線形な増幅回路が必要となる理由や,ポーラ変調の概要などを述べる。 (田中 正晴=本誌)

上野 伴希
オフィスウワノ技術コンサルティング

 2007年1月,PHSを含む携帯電話の契約数が国内で1億件を突破し,国民1人1台時代に到達した。1991年に容量が150ccのムーバ(mova)が発売されて以来,携帯電話機の技術は小形軽量,長時間動作の方向へ一気に加速した。

 この間,半導体プロセスは1μmから数十nmに微細化が進み,いまや数個のLSIとパワー・アンプ(PA)のチップセットで携帯電話機が構成されている。微細化による高速化と低消費電力化が,技術革新を促すきっかけとなり,古い技術を見直し新しい技術を生み出す試みがなされている。主にデジタル処理の分野であるが,アナログやデジ-アナ混合のものもある。デジタル携帯電話機におけるダイレクト・コンバージョン受信(DCR:direct conversion receiver)方式や,分数分周周波数シンセサイザはその代表といえるものである。VLIF(very low intermediate frequency,超低中間周波数),ポリフェーズ・フィルタによるイメージ除去処理など新しい技術が登場する中で,電池の長寿命化に向けた技術の一つとしてポーラ変調にも注目が集まっている。

なぜポーラ変調か

 ポーラ変調(polar modulation)は,アンテナから送信する信号の振幅および位相の歪みを補償する技術の一つである。飽和PAを利用した場合でも,ポーラ変調を利用することで線形な増幅が可能になる。この用語は最近よく使われるようになったが,回路の方式がまだ具体的に定義されているわけではない。ポーラ(位相と振幅)を処理するアーキテクチャ全般が,ポーラ変調と呼ばれている。


図1 通話時におけるPAの出力レベルの確率
CDMAの規格IS-95を定めるときに検討された携帯端末PA出力の確率。実線が郊外地,破線が市街地での状況を示している。アンテナ出力は,PA出力より最大5dBの損失があると仮定している。(図:2002 IEEE Radio Frequency Integrated Circuits Symposium Digest, pp.41-44)

 では今なぜポーラ変調かの問いには,まず携帯端末において当然低コスト化への要求が非常に強く,加えて長電池寿命が求められることが挙げられる。ポーラ変調はこれらの解決策の候補となる。携帯端末は仕様上,W-CDMA端末で300mW,GSM端末で2Wの最大アンテナ出力が要求される。ところが実際の使用環境では,その程度の出力を要求するほど基地局が離れていないケースが多い。図1に示すように,確率的にはほとんど10dBm(10mW)以下の送信パワーで行われている1)。携帯端末のPAは最大パワー(1W級)で設計されており,このときの電源効率は約50%と高い。しかし,このまま送信パワーを10mW以下に下げると,電池の消費は減るが効率は数%以下に落ちる。このとき高い効率を保つことができれば,さらに電池寿命を延ばすことができる。

デジタル変調と低歪みリニアPA

 デジタル無線通信に利用するPAは,一般に非常に歪みの少ないリニアな特性が要求される。ところが,低歪みのA級アンプは効率が悪い。高効率化にはC~F級動作のアンプの利用が考えられるが,飽和形であり振幅を再現しない。現在の携帯電話機では,効率と線形性の両面から主にAB級のPAが用いられている。

 では,なぜ低歪みのPAが必要なのか。デジタル携帯電話のように,デジタル無線の変調方式の代表は,QPSK(quadriphase shift keying,4相位相偏移変調)である。QPSKによる変調波形はキャリヤの位相だけ変化するので,原理的に振幅一定である。すなわちアナログFM(周波数変調)送信機のように,飽和形のアンプでいいはずと思われる。

 図2は,QPSKキャリヤの振幅と位相を示している。例えばデータをパルス列[b]=[1,1,1,0,0,1,1,1,0,0,...]としよう。このデータ・ビットを二つずつ組み合わせ,すなわち[[1,1],[1,0],[0,1],[1,1],[0,0],...]とし,それぞれ図2のシンボル位置に対応する信号を順に送出する。この信号波形は,図3に示すように等振幅である。


図2 QPSK信号空間図
各点の位置は,ビット・データの組み合わせによるシンボルを表す。I軸とQ軸の交点からシンボルを結んだ直線の長さ,およびI軸からの角度が,角周波数ωcのキャリヤの振幅と位相を示す。QPSKは振幅が一定で,位相が45度の奇数倍で変化する。


図3 QPSK変調波形の例図3 QPSK変調波形の例
QPSKは,原理的に振幅は一定である。シンボルが変わるところで波形が不連続になる。この急峻な変化は帯域外への妨害信号となる。

 ところがこの信号をそのまま無線で送出することはしない。図3に示したように送信シンボルが変化し,位相が変わるタイミングで,波形が不連続になる。このように急峻に波形が変化すると,不要な高周波成分を含むことになり,そのままではキャリヤの両側にある隣接チャネルへの妨害信号となる。その弊害を抑えるために,フィルタで帯域制限をかけて妨害信号を抑圧する。この帯域制限により急峻な変化は緩和されることになる。この結果,急峻な変化のところは振幅が小さくなり,信号は振幅変調(AM)を伴うものとなる。

 しかし後段のPAで飽和アンプを用いると振幅がつぶれ,再び隣接チャネルへの妨害信号が発生することになる。このため,PAは線形動作が要求されるのである。また位相特性も無歪みでなければ,受信して復調したときにビット誤りの原因となる。振幅の歪みは,隣接チャネル妨害だけでなく,AM-PM変換と呼ばれる位相歪みをもたらす。

 一般にチップ面積の大きなハイパワーのデバイスを,大電流で動作させ小パワーで使えばより低歪みの回路が実現できる。このように出力を小さく制限して動作させる手法を「バックオフ」と呼ぶ。システムによって飽和出力から1~10dB程度のバックオフを取っている。このような標準的な手法は,携帯電話基地局において,デバイスや放熱,電源に係るコストが課題となる。そこで小さいデバイスで,高効率な特性が得られる線形補償の研究が注目を集めるようになった。

各種の線形補償技術をレビュー

 線形補償の原理は非常に古く,ベースとなるアイデアはほとんどが真空管アンプの時代に提案された。その後,あまり実用的なものに至っていない。補償回路の規模が大きく,かつ動作が不安定で改善が難しかったためと推測される。半導体プロセスの進展は,この欠点を克服しつつある。補償回路は振幅と位相のアナログ誤差を修正するものであり,まずアナログ回路が安定でなければならない。最近のプロセスは,差動回路のバランス精度と温度特性に優れたものが得られるようになった。補償に使う信号は,複雑なデジタル処理がワンチップで可能となったため,正確なものを作り出すことが容易になった。

 歪み改善の簡易な手段として,先に述べたバックオフのほかに,RFフィードバックがある。図4に原理回路を示す。この回路は,フィードバック抵抗で電力消費が大きくなるためPAには不向きで,利得を10dB程度に抑圧し一定にしたUHF広帯域小信号アンプに応用される。


図4 RFフィードバック回路
利得の高いトランジスタを用いる一方で,負帰還を用意して利得を下げ一定にする構成である。抵抗Rによる損失が大きいためPAには向かず,歪み改善目的というよりも,UHFの小信号広帯域アンプとして応用されている。

 もう一つは変調フィードバックであり,これはRF信号をAM検波し,その包絡線成分の信号をフィードバックするものである。図5は,1941年に紹介された包絡線フィードバック回路の構成を示す2)。入力と出力信号の検波成分の差が無くなるよう利得を変え,飽和によるPAの利得低下を補償するものである。原理的には,出力信号に対して負帰還回路を構成していることになる。このような負帰還の構成を採用する場合は,包絡線の周波数に対して帰還ループに十分な帯域特性が必要である。入力検波信号の代わりに直流電圧を加えると,そのレベルに応じて出力が制御できる。その回路は実際に,TDMA(time division multiple access)バーストのランピング波形整形に応用されている注1)。


図5 包絡線フィードバックの構成
入力と出力の包絡線波形を比較し,出力が足りなければアンプの利得を上げる。差動アンプの+側をDC電圧に置き換えると,印加電圧に応じたパワー・コントロール回路になる。

 図6は,EER(envelope elimination and restoration)のアナログ方式,およびデジタル方式を示す3)。この回路は本来,PAの効率を高める目的の技術であるが,ポーラ変調技術の要素として線形補償の役割が注目されている。アナログ方式においては,まずRF入力信号を,検波器とリミッタ(飽和アンプ)を利用して振幅と位相成分に分ける。位相成分は効率の高いC級などの飽和PAで増幅される。PAの電源を振幅成分で変化させると,対応して飽和出力の振幅が変化する。このようにAM成分を復元させることで,入力信号の波形に等しく,かつ増幅した出力が得られる。帰還回路を持たないいわゆるオープン・ループの制御であるため,基本的に動作は安定であるが厳密な意味では線形補償方式ではない。デジタル方式ではデータ信号から直接振幅情報を取り出し,制御することができる。次回に詳しく説明するが,位相も制御可能なことから,このデジタル方式のEERを最初にポーラ変調と呼んだ。


図6 EERの構成
変調信号は高効率の飽和形PAで増幅する(a)。包絡線に比例する電圧をこのPAの電源とすることで,本来の包絡線が復活する。デジタル方式は,包絡線情報をデータ信号から直接計算で得る(b)。またPAによる位相歪みを補正するようにあらかじめデータ処理し,変調することができる。

QPSKデジタル変調の原理

 ポーラ変調をよりよく理解するため,少しデジタル変調を復習してみる。QPSKの変調回路は,図7のようにDBM(double balanced mixer,二重平衡変調器)とπ/2(90度)移相器を用いて構成される。図2のQPSK信号空間図の変調信号v(t)を式で示すと,振幅係数を無視して,

これを三角公式で展開すると,

 このv(t)を作るにはまず,二つのキャリヤcosωct,sinωctを用意する。係数I,Qはφi,qに対応するが,振幅レベルを無視すると1または-1である。ビット信号をバイポーラ値とし,組み合わせの最初のビット信号をI,2番目をQとする。例えば[1,0]のときI=1,Q=-1である。それぞれIおよびQのビット信号列を,I信号,Q信号とよぶ。二つのキャリヤはI,Qで振幅変調されており,変調はDBMで実現できる。


図7 QPSK変調回路
GMSK(Gaussian filtered minimum shift keying)や多値QAM(quadrature amplitude modulation)を含め,ほとんどすべてのデジタル変調はこの回路を用いている。図のDBM(二重平衡変調器)の出力は,入力電圧(図のI/Q信号)とスイッチ信号(図のcosωctと-sinωct)の積となる。移相器における正確な90度の位相差は,2倍周波数キャリヤを2分周する過程で得る。


注1)
欧州のGSM方式や日本のPDC方式の携帯電話は,TDMA通信方式を用いている。携帯端末からは連続信号ではなく,(a)のように途切れ途切れのバースト状で送信される。空いているところは,他の人が使うチャネル(タイム・スロット)として割り当てられる。バーストの急な立ち上がりは,高い周波数の成分を含むためスペクトルが広がり,隣接周波数チャネルへ妨害となる。これを防ぐため(b)のように,バースト波形の両端を緩やかに変化させており,その傾斜は規格で定められている。この傾斜出力制御をランピング(ramping)と呼ぶ。

 係数がバイポーラ値となるI/Qのそれぞれの振幅変調信号は,位相が180度変化するBPSK(binary phase shift keying)と,全く等しいものである。従ってQPSKは式が示すように,お互いに干渉がない二つの直交するBPSK変調波の合成である。図8はBPSK変調波のスペクトルを示す。広がったスペクトルは,図9に示した矩形波状のバイポーラのビット信号に対応している。スペクトルの広がりは,BPSKが二つ重なったQPSKでも同じである。実際はこれに,前に述べた帯域制限を加えてメインローブを半分にし,さらに平らにしている(図8の波線の波形)。帯域制限はベースバンドで行っており,その結果,矩形信号波は図9の波線で示す角の取れた波形に変わる。この波形の極性を逆転したものを重ねると,BPSKキャリヤの包絡線となり,図10に示すように振幅変調を伴ったものになる。QPSKも同様である。これが線形な特性を持つPAが必要な理由である。


図8 BPSKスペクトルと帯域制限
帯域制限でチャネル外の妨害を抑圧する。さらにメインローブの肩を持ち上げ,より平らにすることで符号間干渉を減らす。


図9 変調データ信号の帯域制限
制限のないビット列データ信号は矩形波である。帯域制限により太い破線のように基本波成分主体の波形になる。メインローブの肩を持ち上げるフィルタを通すと,太い実線のようなピークが強調された波形になる。


図10 帯域制限されたBPSKの変調波包絡線
帯域制限でAM成分を持つ波形に変わる。直交する二つのBPSKの合成であるQPSKも,同様にAMの包絡線を持つ。

 次回は,ポーラ変調の最新技術について詳しく述べる。 ―― 次回に続く ――

著者略歴
1948年生まれ。1971年
に,東京工業大学電子工学科を卒業し松下電器産業に入社。2006年,オフィスウワノ技術コンサルティングを設立。著書に,『試作で学ぶ高周波フィルタの設計法』『無線機RF回路実用設計ガイド』などがある。工学博士。

参考文献
1) Fowler, T. et al.,“Efficiency Improvement Techniques at Low Power Levels for Linear CDMA and WCDMA Power Amplifiers,”2002 IEEE Radio Frequency Integrated Circuits Symposium Digest, pp.41-44, Jun. 2002.
2) Terman, F. E. et al.,“Some Notes on Linear and Grid-Modulated Radio Frequency Amplifiers,”Proc. IRE, Vol.29, No.3, pp.104-107, Mar. 1941.
3) Kahn, L. R.,“Single Sideband Transmissions by Envelope Elimination and Restoration,”同上, Vol.40, No.7, pp.803-806, Jul. 1952.

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