日経ものづくり 私が考えるものづくり

 「技術,技術」と,ホンダを語る際によく言われます。当社の技術力を評価していただけるからでしょう。でも,創業者の本田宗一郎なら,それをはっきりと否定します。「プライオリティー(優先順位)が違う」と。もちろん,私もこう言われたら首を横に振ります。
 なぜなら,ホンダには「技術の前に哲学がある」から。技術やそれを使ってできた製品そのものよりも,ものづくりに対する価値や考え方,すなわち「哲学」の方が,ホンダにとってずっと大切なものなのです。
 例えば,F1マシンで技術を磨いても,そのまま商品化したら大変なことになる。そうではなく,磨いた技術を燃費の向上に役立てたり,環境負荷の低減や安全性を引き上げる機能に応用したりする。真に顧客に喜んでもらえる製品を生み出せるかどうかは,技術の優劣ではなく,哲学次第です。このことを我々は常に頭に入れてものづくりを行っています。
 「Power of Dreams」と銘打って,夢を大切にするのも,ものづくりに対するこうした哲学の一環です。2足歩行する人間形ロボット「ASIMO」を造ったり,小型ビジネスジェット機「HondaJet」を飛ばしたり,F1を走らせてみたりと,外から見れば,「何か面白いことをやっている会社」というふうに見られているのでしょう。しかし,実はホンダはものすごく懸命に考えてこれらに取り組んでいる。単に技術があるから,開発できたから造ったのではなく,「これがあったらいいな」「快適だな」「便利だな」という理想を夢に描き,それを実現するために技術を開発しているのです。

自由から生まれる有望な技術
 こうした哲学の優先度の高さに加えて,新しい技術を生み出す仕組みがホンダにはあると私は考えています。
 例えば,研究所で育った私の経験から言うと,ホンダの研究所では,個々の社員にかなり裁量が与えられている。昔から自由な発想でいろんなチャレンジができる環境なのです。
 通常なら,会社が大きくなるにつれてマネジメントが厳しくなる。だんだん時間や予算の管理が厳しくなって個人の自由がなくなり,いちいち上司の了解を取らなければならない。しかし,これではダメ。社員が何もできなくなってしまう。

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