雑誌 特集

品質を究める

日本の現場力

田野倉 力
2007/03/30 06:29
 
日経ものづくり 特集

日本製品の品質神話は崩壊したのか―。
安全にかかわる製品事故が相次ぐ中,
ものづくりの根本に立ち返り,
現場の力を引き出して品質を究める,
そんな取り組みが始まった。最前線を追う。
(高田憲一,高野 敦)

日本のものづくりが激変
品質の多次元方程式に挑む

 家電の製品開発では,3次元CADとCAEが連携し,ここ数年でシミュレーションの精度が飛躍的に高まっている。その結果,設計の効率化は大幅に進んだ。例えば,日立アプライアンス(本社東京)が2006年11月に発売したドラム式洗濯機は,競合製品に比べて30%大きい直径60cmの洗濯槽を搭載しているが,外形寸法を抑えるために部品を高密度で組み込んでいる(図)。

設計,製造部門で募る危機感
 「この設計は3次元CADがなければできなかった」。こう語る同社多賀家電本部家電第一設計部部長の鍛治信一氏は,一方で深刻な危機感を持つ。若手設計者の教育の問題だ。
 IT化が進む前は,設計業務と若手の教育が一体化していた。「若手設計者は先輩に相談しながら設計を進めた。その際,設計図に引く“1本の線の意味”を常に説明しなければならなかった。この繰り返しが,知識や経験の伝達に絶大な効果があった。しかし,ITが普及したことから,効率追求の半面で若手が1人で作業する場面が増えた。すると“1本の線の意味”は問われなくなる」(日立アプライアンスの鍛治氏)。
 同社で,こうした教育の問題から大きな品質問題が発生したことはない。だが,設計技術に対する実践的な教育が欠落しやすい構造が生まれている,という指摘には普遍性がある。
 これは設計現場の例だが,製造現場でものづくりの実力の低下を感じ取っているのが,旭硝子執行役員モノづくり技術強化室長の大日向正文氏だ。

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図●IT活用で部品を高密度に組み込んだ
IT活用で設計が効率化したが,一方で業務と教育の分離が進んだ。若手の教育の重要性が高まっている。

満足度改善のタネ
市場でつかまえる

 2007年,日産自動車は「市場品質」に関する取り組みを強化する。市場で発生した問題への対応力で「ブランド価値が決まる」(同社トータルカスタマーサティスファクション本部市場品質改善グループ部長の寺田孝氏)と認識しているからだ。
 販売前の「出荷品質」も重要だが,実際に顧客が体感するのは市場品質の方である。出荷時には問題がなくても,使っているうちに顧客の意に満たない現象が発生することもある。例えば「シートからこすれ音が聞こえる」といった具合に。
 このような声のすべてに耳を傾け,原因究明や対策を迅速に進めることが,顧客満足度の獲得に欠かせない。加えて,クレームから得られた情報を次の製品開発に生かすことが,将来の出荷品質やブランド価値の向上にもつながる。クレームは競争力の源泉でもあるのだ。同社が市場品質対応を強化するのは,こうした理由からである。

サプライヤーも巻き込む
 ただし,顧客の声に一つひとつ対応するのが難しくなっているのも事実。モデルチェンジ周期の短縮や,それに伴う新車開発期間の短縮が主な要因といえる。開発期間が短ければ,それだけ最新流行が盛り込まれた製品を他社に先じて市場に送り出せるため,多くのメーカーがこの課題に取り組んでいる。日産自動車もその例に漏れず,3次元データを活用した新車開発期間の短縮などに積極的に取り組んでいる。

自動化による新たな壁
外乱の徹底排除で乗り越える

 生産性向上のため,生産ラインへのロボットの導入を積極的に進めている不二越。その同社は「これまで以上の品質をロボットラインで確保することの難しさ」という壁に直面したものの,それを乗り越えつつある。

一筋縄ではいかない
 不二越の東富山事業所では,ポンプやモータ,バルブといった油圧機器を製造している。もともとは本社機能のある富山事業所で造っていたが,油圧機器の需要拡大に伴い,より広い敷地を確保できる東富山事業所に移管した。2007年秋には同じ富山県内にある滑川事業所にモータの新工場も完成する。油圧機器の需要をけん引しているのは,世界的な建設ラッシュに沸く建機業界である。
 増産に当たりネックになったのが,作業者の確保。新たな需要に対応するには,3直交代での生産体制が不可欠になったが,県内で人員を確保するのは非常に難しい状況だった。工作機械を操作できる人材となると特に希少だ。

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図●バルブ部品の機械加工ライン(a)と,ワークの変化(b)
ワークの搬送はすべて自動化されている。人間が行うのは最初の資材投入と最終加工品のパッキングだけ。あとはラインに異常がないかどうかを見回っている。1人が複数のラインを見ている。

Sプロジェクトが求心力
製造ラインを造り込む

 「Sプロジェクトには,マーケティングから研究開発,設計,製造,営業など,関係するすべての部署が参加する。後から『うちは聞いてない』という言い訳をする余地はない。全員の意志を統一して,ダントツの新製品開発に挑戦する」。日立アプライアンス常務取締役家電事業部長の石井吉太郎氏はこう強調する。
 Sプロジェクトは,戦略商品の開発ごとに立ち上げる。石井氏はすべてのSプロジェクトの会議に参加するキーパーソンだ。このSプロジェクトの効果が品質面で典型的に発揮されたのが,2006年11月に発売された洗濯乾燥機「ビッグドラムBD-V1」である。

製造法が全く異なるドラム式
 ビッグドラムは,直径60cmの大型洗濯槽を搭載する。競合機種は50cm以下なので約30%も大きい。一方,家庭での設置場所の制限から,製品寸法には限界がある。日立アプライアンスは実際の家庭を調査して幅69.5cm,奥行き60cmにすることを決めていた。
 洗濯槽を大きくすることは,洗浄力を向上させたり,乾燥運転時に衣類のしわを抑えられたりするなど利点が多いが,運転時の振動や騒音が大きいという欠点がある。日立アプライアンスは,この欠点を解消するため,振動を抑える「ツインアクションサス」など3種類を組み合わせた独自の防振システムを採用している(図)。

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図●3種類の防振機構を搭載
流体でドラムの重心を安定させ,サスペンションで振動を吸収する。二つのセンサが振動を感知して脱水運転を制御する。この防振システムで騒音を図書館並みの41dBに抑えた。

向殿 政男 明治大学教授

「品質だけでなく
安全にも目配りを」

 人体の命にかかわるような事故が相次いでいます。品質や安全といった面で設計力が落ちているのではないかという疑問を抱かざるを得ません。
 ただ,それだけではなく,消費者の品質や安全に対する要求水準が上がり,昔だったら問題にならなかったけれど今は問題になるという,文化的な側面も実はあるような気がします。我々消費者の注意力が落ちているのも事実です。以前だったら自分や親が注意していたのが,今となってはいろいろな製品が安全になっているため,安全を気にしなくなっています。悲惨な事故が多発している背景には,幾つかのファクターがありますね。
 とはいえ,私が最も問題視しているのは設計力です。特に安全に関する設計力が上がっていない。昔とほとんど同じです。全世界を見渡せば,安全のレベルがどんどん上がっていて,安全に関する国際安全規格もできた。欧州はほとんどそれでものを造るし,アジアも大体ISO/IECに準拠するようになった。ところが,日本だけはまだ国際規格に整合化していないJISが残っていて,安全に対する考え方がだいぶ違います。日本は世界全体の流れについていけてません。

信頼性を犠牲にしてでも・・・
 誤解している人も多いですが,品質と安全は,関係が深いとはいえ,根本的な発想は異なるのです。品質はほとんどの場合,信頼性に置き換えられます。そして信頼性を上げれば上げるほど安全性も上がるというのは一般的に間違っていません。しかし,安全性を上げるために信頼性を下げることもあり得るのです。極端な話,走らない新幹線は信頼性はゼロですが,安全性は100です。

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製造が設計に適切な指摘
「共通言語」は3次元モデル

 パナソニック コミュニケーションズ(以下PCC社,本社福岡市)の熊本事業場では,3次元モデルの活用によって設計品質の早期作り込みを実現している。いわゆるコンカレント・エンジニアリングだが「製造部門が設計部門に歩み寄った点が特徴」と,同社デバイスカンパニー製造グループSCM・IT推進チームチームリーダーの白石肇氏は語る。

設計者の話がよく分からない
 熊本事業場の主力製品はパソコン用の光ディスクドライブ(図)。パソコンの新製品サイクルに合わせて光ディスクドライブも新機種を開発するので,近年は開発期間が短くなっている。
 だが,光ディスクがCD→DVD→次世代DVDと大容量化するのに伴い,光ディスクドライブに求められる設計品質は高まる。光ディスクドライブには,上位互換性が欠かせないからだ。例えばDVDディスクドライブでは,DVDとCDの両方を扱えなければならない。従って,上位機種になればなるほど必要な機能や部品の数も増えるので,製造するのが難しくなる。
 そこで重要なのがデザインレビュー(DR)での検証。DRは,量産ラインでの造りやすさを検証するための場でもある。しかし,これまでは有効に機能していなかったと,白石氏は分析する。「従来のDRは,設計者が新製品の仕様などを一方的に通告する場でしかなかった」(同氏)からだ。生産技術や製造には,設計者の話は難しく聞こえるため,量産時に発生しそうな問題点を指摘するどころか,話を理解するだけでも精いっぱいだという。「何となく問題になりそうだなと感じても,確信が持てないため,その場では言い出せない」(同氏)のが現状だった。

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図●光ディスクドライブ
主にノートパソコン向けの光ディスクドライブを設計・製造する。写真はDVDディスクドライブ。

信頼性向上と原価低減
解析技術の活用で両立

 直流安定化電源(スイッチング電源)メーカーのコーセルでは,品質向上と収益改善の両立という課題に挑戦し,成果を得つつある。そのカギとなったのは,CAEの活用。信頼性設計の質を高めることで,品質を損なうことなく原価低減を実現しているのだ。
 同社の主力製品は,汎用のユニット型/オンボード型のスイッチング電源(図)。同社の売上高と営業利益は,これらに依存しているといっても過言ではない。
 汎用のユニットでは収益が厳しいかというと,むしろ逆である。2006年度(2006年5月21日~2007年5月20日)は,30%近い売上高営業利益率を計上する見込みだ。
 とはいえ,コーセルのような半完成品メーカーにとって現状は決して商売のやりやすい環境ではない。「完成品メーカーからの価格低減要請は,1990年代のバブル崩壊後,確実に強まっている」と,同社第一開発部部長の長原邦明氏は語る。加えて,これに関連する現象として,同氏は,自主回収に至った製品欠陥の際に完成品メーカーが部品メーカーに対して徹底的に損害賠償を求めていく姿勢を挙げる。コスト管理の厳格化という意味ではいい意味の変化だが,完成品メーカーの余裕がなくなったともいえる。
 だからこそ「(半完成品メーカーとして)品質問題は絶対に防ぎたい」という強い危機感が同氏にはある。だが,社内の状況を見渡したときに,決して楽観できない不安を抱えていることに気付いた。ベテラン設計者のノウハウが継承されぬまま,世代交代を迎えてしまうという問題だ。

ノウハウをCAEに移植
 スイッチング電源を支えているのはアナログ回路の技術だ。アナログ回路の知見やノウハウに関しては,年長の技術者に一日の長があると,コーセルの長原氏は指摘する。子どものころにラジオを自作したことがあるといった経験の積み重ねによる差が大きいという。若年世代が子どものころには物があふれており,自作する必然性が弱かったため,こうした経験に差があるのは宿命のようなものだ。

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図●スイッチング電源
(a)がユニット型製品の外観,(b)は内部の構造。さまざまな部品が高密度に実装されている。スイッチング電源の製品寿命を左右するのは,平滑用電解コンデンサやパワー電界効果トランジスタ(FET)。使用時,これらの部品の周囲温度がどの程度になるかで,寿命が決まる。そのため,内部における熱の発生状況などを正確に把握することが設計上重要になる。ファンを使うタイプでは,ファンの寿命も考慮しなければならない。

事故・火災きっかけに
基本技能を「再発見」

 自動変速機など自動車機能部品を中心に成長を続けるアイシン精機。ガラス技術を中核に,薄型テレビや太陽電池向けガラス基板など新分野を開拓する旭硝子。全く異なる業種の両社だが,ものづくりの現場力強化のための取り組みには共通点が多い。
 まず,火災や事故が一つの契機になって製造現場のものづくりの実力が低下していることに気付いた点。さらに,全社的な体制整備を進めている点。そして,長期的な取り組みとして実践している点だ。

火災で専用機が止まった
 1997年2月1日,アイシン精機の刈谷工場で火災が発生し,トヨタ自動車や三菱自動車に対するプロポーショニング・バルブ(PV)の供給がストップした。PVはブレーキの油圧を前後輪に振り分ける部品。「PVの供給停止が原因で,自動車メーカーの生産ラインを止めてしまった」(アイシン精機人材開発部・人材育成センター担当常務役員の石山正二氏)。
 当時,刈谷工場は,PVを生産するためにトランスファマシンを導入していたが,火災で使えなくなった。「トランスファマシンは全長約20mにも及ぶ専用機で,極端に言えば材料をセットするだけで次々と加工をこなしていき,PVが出来上がる自動機」(同氏)。これが使えなくなったとき,ものづくりの実力が試されることになった。

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図●刈谷工場でのミーティング
アイシン精機では製造ラインをスムーズに流すために,現場作業者のミーティングを重視している。現物を使いながら作業性の改善などを話し合う。

酒巻 久 キヤノン電子社長

「現場の役割,トップの責任」

 私がキヤノンの生産技術を担当する常務からキヤノン電子社長になったのは1999年3月のことです。
 そのころ,カメラレンズの駆動部品を生産する秩父工場の不良率は,1700ppm程度で推移していました。それが2006年には2.7ppmになりました。特に2006年は,11月まで不良が全くなく「今年は0ppm達成だね」と期待していたので,最後の最後に不良が出たときはみんなでがっかりしましたよ(笑)。
 一方,この間に生産性も大きく向上しました。記録を見ると,当時に比べて今では約30倍になっています。これは,以前は一人で1個しか生産できなかったのが,30個できるようになったことを意味します。

失敗事例の勉強会を開催
 こうした不良率低減と生産性向上に大きな効果があったのが,「失敗・成功事例集」の作成とそれに基づく勉強会です。この事例集にはどんな失敗でも必ず書き込む。書いてくれさえすれば,マイナス評価はしません。逆に良い事例を書いてくれた場合は,評価するというのがルールです。製造現場の役割として最も重要なことは,隠し事をしないことです。マイナス評価をしないことで隠す必要がなくなります。

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