日経ものづくり 特集

観測史上初。この言葉を2007年の冬はたびたび聞いた。
暖冬が続き,新潟市や仙台市では
同年1月に積雪が記録されなかった。
東京でも初雪より先に春一番が吹いた。
ロシアでは130年振りの暖冬。
スイスでも深刻な雪不足に陥った。
これは一時的なものなのか,
地球温暖化の進行を示すものなのか。
時を同じくして,温暖化防止を目的に,
国内外で自動車の燃費にかかわる規制を
強化しようという動きが強まっている。
規制強化の目標達成時期となっている
2012年とか2015年のタイムスパンで考えると,
市場では恐らくガソリン・エンジン車(以下,ガソリン車)
が依然として主流だ。
最新のガソリン車における燃費改善を基に,
各社の取り組みを探った。
(富岡恒憲,浜田基彦=日経Automotive Technology)


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待ったなしガソリン車の燃費改善
国内外で規制強化の動きが拡大

 最近,国内外で自動車の燃費に関する規制を強化しようという動きが強まっている。国内では経済産業省と国土交通省が,2006年12月中旬に,目標達成を2015年度とする「乗用車などを対象とした新たな燃費基準(中間取りまとめ)」を発表,規制が強化される見通しだ。これが決まると,2015年度には2004年度の出荷台数ベースとの比較で23.5%の燃費改善が求められることになる。
 また欧州連合(EU)では,欧州委員会が2007年2月7日,自動車からの二酸化炭素(CO2)の排出量を大幅に削減することを義務付ける文書を発表。2012年までにEU域内で販売する新車においてCO2の排出量を,平均で120g/km以下に低減するよう求める意向を明らかにした。
 さらに,自動車の燃費改善を直接規制するものではないが,米国でも同様の動きが強まっている。2007年1月下旬,米国の大手企業10社のトップが大統領に対し,2050年までにCO2の排出量を現在より60~80%削減するという目標を設定し,それを義務化すべきという提言を行った。加えて,米国ではガソリンの消費量を2007年から10年間で20%削減するという目標を掲げており,エタノールなどの代替燃料の普及促進に加えて,自動車の燃費改善が強く求められるようになる可能性も残されている。

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日産自動車

エンジンとCVTを協調
車両全体の視点から無駄を低減

 エンジンや無段変速機(CVT)といったユニット単体での効率向上に加え,複数のユニットを協調させるなどして車両全体での無駄なエネルギ消費を低減し,燃費を改善しているのが日産自動車だ。同社は,2006年12月25日にマイナーチェンジしたコンパクトカー6車種にそうした成果の一部を搭載。以前のモデルに対して,7~8%の燃費改善を達成した。
 その6車種というのは「キューブ」「同 キュービック」「ノート」「ティーダ」「同 ラティオ」「ウイングロード」である(図)。10・15モードの燃費は,キューブ キュービックが従来の17.8km/Lから19.2km/Lに,ウイングロードが同18.0km/Lから19.2km/Lに,キューブが同18.0km/Lから19.4km/Lに,残り3車種が同18.2km/Lから19.4km/Lにそれぞれ改善した。

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図●マイナーチェンジした「ウイングロード」
10・15モードの燃費は,従来の18.0km/Lから19.2km/Lに約7%改善した。


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ダイハツ工業

軽自動車に特化した取り組みを展開
ガソリン車でトップの実績

 エンジンと変速機の新規開発,アイドリング・ストップ・システムの採用などにより,燃費改善を進めているのがダイハツ工業である。同社は,2006年12月18日にフルモデルチェンジした新型軽自動車「ミラ」を発売。その「X Limited“SMART DRIVE Package”」というグレードで,10・15モードで27.0km/Lとガソリン車トップの低燃費を実現した。
 排気量660cc直列3気筒の新型エンジン「KF-VE」によって約10%(従来エンジン「EF」との比較),新型のベルト式CVTによって約15%(ロックアップ機構のない4速ATとの比較),および新開発のアイドリング・ストップ・システム「DAIHATSU IDLE STOP SYSTEM」によって約6%(未搭載のものとの比較)と,それぞれ燃費を大幅に改善した。

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図●新型軽自動車「ミラ」
「X Limited“SMART DRIVE Package”」というグレードで,10・15モードで27.0km/Lとガソリン車としてはトップの低燃費を実現した。


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ホンダ

リフト量含め吸気弁を連続可変
ポンピングロス低減で燃費を13%向上

 ガソリン車の燃費改善に向け,そのアプローチの一つとして,エンジンのポンピングロスの低減に取り組んでいるのがホンダである。同社は2.4L直列4気筒ガソリンエンジン「進化型VTECエンジン」において,ポンピングロスを減らすことで,エンジン単体での燃費を現行の同クラス(2.4L)のエンジン「i-VTEC」に対し約13%向上させている(図)。

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図●2.4L直列4気筒ガソリンエンジン
「進化型VTECエンジン」


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トヨタ自動車

吸排気の両方でタイミングを制御
細い点火プラグで冷却効率を上げる

 従来の16.0km/Lから17.2km/Lへと10・15モードでの燃費を7.5%向上させたトヨタ自動車の新型セダン「カローラ アクシオ」(図)。その燃費改善の一翼を担ったのが,1.8L直列4気筒の新型エンジン「2ZR-FE」である。従来モデルのセダン型「カローラ」で搭載していた同クラスのエンジン「1ZZ-FE」に対して,エンジン単体の燃費を約5%以上改善した。
 その燃費向上を支えたのが,主に(1)吸排気両側に付けた連続可変バルブタイミング機構によるバルブの開閉タイミングの最適化(2)点火プラグの細径化(3)機械的なフリクションの低減―――である。

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図●新型セダン「カローラ アクシオ」
10・15モードでの燃費は17.2km/Lで,以前のモデルに対して7.5%改善させた。


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アート金属工業

設計最適化で流体潤滑を極力維持
支持部品の小型化に貢献するピストン

 燃費改善のために,ピストンにおけるフリクション低減や軽量化に取り組んでいるのがアート金属工業だ。同社は,トヨタ自動車の「レクサス LS460」「クラウン」など,多くの乗用車のピストンの開発・製造を手掛けるメーカー。シリンダライナに対して摺動するピストンが,油膜を介した流体潤滑をできるだけ維持できるように設計を最適化したり,ピストンの軽量化でピストンに連なる支持部品(クランクシャフトの主軸受など)をコンパクトにまとめられるようにしたりして,燃費改善を図っている。
 例えば,高性能なエンジン向けのピストンでは,各部の肉厚を調整するなど,ピストンの重心とピン穴の中心をできる限り一致させる配慮を設計で施している。ピストンは通常,コンロッドとの接続部となるピン穴の位置が,スラスト側(クランクシャフトが回転する方向に対して反対側)にオフセットしてあるためだ。

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図●ピストンのスカート
細くなっている部分の手前がスカート。濃い灰色となっている部分には樹脂コーティングが施してある。


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日本ピストンリング

細くなるピストンリング
低張力でも漏れにくい

 一般的なガソリンエンジンでは,摩擦損失のうちピストン系の摩擦が22~35%を占めるといわれる。このうちリング系,つまりリングとライナの摩擦は60%を占める(図)。残り40%はピストンとライナの摩擦ということになる。

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図●一般的な3本リング構成
右がオイルリングで,これは2ピース。


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TPR

剛性,薄さ,冷却性能を追求
内周面の粗さ減らすシリンダライナ

 シリンダライナにおいて(1)シリンダブロックとの密着性向上(2)薄肉化(3)冷却性能の向上(4)内周面の粗さの低減―に取り組んでいるのがTPRである。(1)はピストンリングの低張力化,(2)はエンジンの軽量化,(3)は希薄燃焼,(4)はフリクションの低減にそれぞれ関係している。

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図●鋳鉄製スリーブの外周面とアンカー効果
(a)が外周面の様子。(b)がその拡大写真。複数のキノコ状の突起が形成されている様子が分かる。(c)はそうした鋳鉄製スリーブをアルミニウム合金で鋳包んで成形したシリンダブロックの断面写真。キノコ状の突起によりアンカー効果が発生していることが理解できる。


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大豊工業

平滑ばかりが能じゃない
エンジンの主軸受に溝を彫る

 クランク軸を支える主軸受の摩擦損失はピストン系,弁駆動系と並んで3大摩擦損失の一つといわれ,エンジン全体の25%に及ぶ。
 トヨタ自動車をはじめとするメーカーに主軸受を供給する大豊工業は「表面は平滑でなくては」という軸受の概念を破り,表面に溝を切った軸受,マイクログループ軸受(MGB)を開発した。
 もちろん進行方向には滑らかなのだが,それと直交する方向に,レコードのような規則的な溝を切った(図)。ピッチは0.1~0.4mm,深さは3~6μmだ。トヨタの「セルシオ」から採用が始まったことからも分かるように,もともとは静粛性が狙いだった。
 これが,実は燃費にも効く。2015年に向けての有力な武器になる。初期に山の部分が変形,摩耗してなじむため,油膜の厚さを一様にできる。溝の深さは設計では3~6μmだが,使っているうちに1~2μmまで落ちる。クランクジャーナルそのものを使い“現物合わせ”で仕上げるようなものだから,山の部分ではすき間を極めて小さくできる。

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図●MGBの模式図
単位はmmとμmだから,実際にはずっと浅い。


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デンソー/日鍛バルブ

電動可変バルブタイミング機構は
油圧の牙城を崩せるか

 ミラーサイクル,大量EGR,スロットルレス制御―燃費向上には多くの手段がある。これらすべてに必要なのが可変バルブタイミング機構だ。
 現在の主流は油圧式。広く普及しているが,問題も多い。回転数が低いときはポンプの油圧が足りなくて十分に働かない。逆に高いときは油温が上がり粘性が下がるため,ベーンからの漏れ量が多くて働かない。スペック通りの角度がいつも出ているかどうかは疑問だ。
 また「中間止め」もできない。エンジンを止めると,油圧は長期間にゆっくりと漏れていくから,弁ばねがカム面を押す力によって,一番遅角側で止まる。吸気側はそれでよいのだが,排気側はそれでは困るのでばねで押し付け,進角側で止める。つまり,油圧式では,エンジンを切ったとき,どちらかの端に止めるしかない。電動ならどこでも任意に止められる。実は始動のときに望ましいのは,遅角側でも進角側でもなく,ちょうど中間だ。

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図●トヨタのエンジン「1UR-FSE」
可変バルブタイミング機構は吸気側(上)が電動,排気側(下)が油圧。


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ブリヂストン

グリップだって犠牲にできない
領域を分けてタイヤを設計

 10・15モードの走り方では,クルマの走行抵抗の1/6~1/7はタイヤで発生する。定速,無風の条件では1/3~1/4にもなるという。タイヤの役割はそれほど大きい。
 過去,省燃費タイヤと呼ばれるものが現れては消えていった。中には,グリップや乗り心地を重視しない“省燃費一筋”という考え方のものがあった。「燃費は良いが雨の日は制動距離が伸びる」というものすらあった。ブリヂストンはこうした過去を否定し,燃費とグリップの両立を狙う。2015年をにらんで燃費の良いタイヤを追求する客先,つまり自動車メーカーが「ここまでやったらまずいでしょう」という水準の要求をしてきても,この理念は曲げない。これがブリヂストンの基本姿勢だ。

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図●振動数でtanδを使い分ける
今まではこのグラフで全体を上げ下げするしかなかったが,領域を分ける技術ができてきた。


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出光興産

金属表面に滑りやすい皮膜を形成
低粘度化で内部損失減らす潤滑油

 エンジンオイル(潤滑油)の側から燃費改善に取り組んでいるメーカーの一つが出光興産である。(1)吸排気バルブを動かすカムとタペットの間(2)ピストンやピストンリングとシリンダライナの間(3)クランクシャフトを支持する主軸受の部分(4)コンロッドとクランクシャフトの間のコンロッドメタル(5)カムシャフトとコンロッドをつなぐタイミングチェーン―など,エンジンにはさまざまな摺動面が存在し,そこで機械的なフリクションによるエネルギ損失が発生している。そうしたフリクションを低減するのに重要な役目を果たしているのが潤滑油である。従って,潤滑油の改良は,エンジン内のフリクションを低減していく上で一つの重要なアプローチとなる。

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図●低燃費の潤滑油「出光ゼプロ エコメダリスト」
粘度質を向上して低粘度化を図るとともに,摺動面となる金属表面に摩擦係数の小さな皮膜を形成・再生する機能を付与している。粘度は,米自動車技術者協会(SAE)の粘度グレードで0W-20という。


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エンジン・変速機・制御を改良
総合的な積み上げが競争力を左右

 Part2までで紹介した燃費改善のアプローチを整理すると,大まかには以下の三つにまとめられる。一つは,ガソリン車の心臓部であるエンジンの改良。もう一つは,変速機の改良。最後の一つは,そうしたユニット単体での改良とは違い,複数のユニットを協調させるなどしつつ,車両全体の視点から各ユニットで発生している無駄なエネルギ消費を低減していこうという制御面での改良だ。
 この三つ以外にも,例えば車体の空気力学特性や駆動系における走行抵抗など,燃費という観点から無視できない要素はある。しかし「CD値は現在は0.3プラスαといったところまで来ており既に収束気味。駆動系の走行抵抗についても『走る,曲がる,止まる』を大きく犠牲にしてまで下げることはできないので,飛躍的な改善は難しい」(ダイハツ工業)というのが実態である。日産自動車からは,上記の三つが主なアプローチであり,大まかには燃費改善に対してそれぞれが3割くらいずつ寄与する,という声も聞こえてくる。
 このように,ガソリン車の燃費改善においては今後も上記の三つが焦点となりそうな気配。もちろん,タイヤや潤滑油の改良による効果も大きいが,自動車本体という観点からはそう言っ

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