日経ものづくり 直言

高級ブランドで攻めつつも
中価格品を放棄するな

東京大学大学院経済学研究科
ものづくり経営研究センター研究ディレクター・助教授
新宅 純二郎


 前回は,製品の品質の高さを価値として訴えて,それに見合う高い価格を顧客に受容してもらうブランド戦略の重要性を指摘した。では,ものづくり企業のお手本としてよく取り上げられるトヨタ自動車はどうだろうか。トヨタは国内でも「レクサス」ブランドを立ち上げ,高価格品に注力していることは周知の通りである。粗い計算ではあるが,総売上高を年間販売台数で割ったものを1台当たりの平均販売単価として試算すると,1990年の190万円に対して2005年は290万円になる。何と1台当たり100万円も上昇した。
 しかし,同時に見逃してはならないのはコスト削減である。トヨタは1990年代初めから,生産・物流コストだけでなく開発コストも継続して削減した。その額は毎年約1000億円,15年の累積では約1兆5000億円になる。これは,2004年3月期の営業利益1兆6000億円にほぼ匹敵する。トヨタの高利益には,高価格化とコスト削減の両方が寄与していることは明らかであろう。
 30年前,日本企業が米国市場に参入して競争していたときのことを思い起こしてみよう。1970年代から1980年代,米国の製造業は日本企業との競争に敗れて苦況に立たされていった。米国企業は,カラーテレビ,複写機,自動車で同じ負けパターンを繰り返した。まず日本企業は低価格帯のニッチ市場に参入し,低コストを武器に競争を仕掛ける。小型のテレビや複写機,小型車などの分野だ。当時の日本企業は,大型車など高級品に参入できなかった。ブランドも未確立で,ものづくり能力も不足していた。

日経ものづくり 直言
しんたく・じゅんじろう
1989年学習院大学経済学部専任講師,1990年同大学同学部助教授,1996年東京大学大学院経済学研究科助教授(現職)。経済学博士(東京大学)。組織学会理事,国際ビジネス研究学会理事などを務める。