急速な経済成長が進む中国。
その中国に開発拠点を設ける動きが目立つ。
中国市場への本格的な参入が目的だが,
それだけではない。
日本で競争力を失った事業・技術も,
中国でなら続けられる。
中国メーカーと同じ土俵に乗れば
十分勝負になるからだ。
高付加価値路線も間違ってはいないが,
それだけでは苦しい。
収益の基盤が失われるし,
枯れた技術を手放すのはリスクも高い。
ならば自社の管理の下,中国で続ける方がいい。
そのための中国拠点でもある。
まずは,日本拠点と中国拠点の役割を
はっきりさせる必要がある。
中国拠点で開発に携わる人材の育成も不可欠だ。
追われる立場の日本メーカーが生き残る道を探る。
(高野 敦)
巨大市場はすぐそこに |
過去にない速さで経済発展を遂げる中国。
この地に,生産拠点に続き,開発拠点の設立が進む。
ただし,外資企業が優遇される時代は終わった。
シェア獲得の「攻」と,成熟事業再生の「守」,
二つの戦略が有効だ。
中国市場が熱い。2006年,中国における自動車(新車)の販売台数は約722万台に達し,日本の約574万台を大幅に上回った(図)。これで,中国市場は米国市場に次ぐ世界2位に浮上。「世界の工場」は「世界の市場」にもなりつつある。
一方,日本市場は緩やかに,だが確実に縮小している。その逆風下で,軽自動車は微増と健闘しているだけに,登録車の落ち込みが一層目立つ。台数が減っている上に,大きい自動車ほど売れないという二重苦だ。寸法の大きい自動車は利幅も大きいだけに,日本市場で稼ぐのは難しい。
こうした現象は,何も自動車業界に限った話ではない。日本はとうとう人口減少期に突入した。事態を悲観する必要はないが,既存の工業製品の市場規模は自動車と同じように縮小に向かうだろう。
対照的に,中国の経済発展の勢いには目覚ましいものがある。都市部と農村の経済格差などさまざまな問題を抱えてはいるものの,外資企業の誘致などが功を奏し,とにかく経済規模は拡大している。以前はほんの一握りの富裕層だけが購買力を持っているような状況だったが,最近では沿岸の都市部に住む20~30歳代が巨大な消費者層として台頭してきた。日本企業の中国進出支援などを手掛けるキャストコンサルティング(本社東京)代表取締役社長の徐向東(Xu XiangDong)氏は,2000年ごろからこうした変化を感じるようになったという。「それまでは生産拠点としてしか考えていなかったが,少しずつ市場としての魅力が出てきた」(同氏)。そして今,多くの製品分野で中国市場が成長局面を迎えようとしているのだ。
図●日本と中国における自動車販売台数の推移
2006年,中国の自動車販売台数が日本のそれを初めて上回った。中国の民間自家用車比率は2004年まで表示。
日本は先端技術に専念 |
中国開発拠点の設立は第一歩にすぎない。
明確な役割があってこそ拠点は生きてくる。
日本拠点の「悩み」がその答えだ。
地理的に近い日本拠点とは補完し合うのがよい。
中国に開発拠点を設立する。ここまではどの企業でも同じだ。しかし,中国拠点の役割は各社一様ではない。市場動向や事業環境によって差があるのは当たり前。さらに,中国の市場や製造業界では,今後も激しい変化が予想される。それに合わせて中国拠点の役割も変わらなければならない。
従来ならば「現地化対応」程度でよかったのかもしれない。日本拠点で開発したものを中国市場向けにほんの少し手を加える。わざわざ開発拠点を設けるまでもない話だ。だが,今後はこうした認識では通用しなくなる可能性が高い。
例えば,小糸製作所が中国に開発拠点を設けた理由は,同社の顧客である自動車メーカーが中国市場に本格進出し始めたことだ。当然,自動車の外観には市場の流行を取り入れる。小糸製作所が供給するランプは,外観の印象を大きく左右するため,自然と自動車メーカーの要求は厳しくなる。こうした自動車メーカーからの要求に迅速に応えるためには,本格的な開発拠点が必要になった。
徐々に役割を広げる
とはいえ,一般に,歴史の浅い中国拠点でできることはそれほど多くないのも事実。技術もそれを担う人材も,日本拠点に一日の長がある。従って,中国拠点の役割は日本拠点との関係を抜きには考えられない。欧州や北米と異なり,中国は日本と非常に近い。企業全体での開発効率を高めるためにも,日中両国の開発拠点間で密接な連携を実現すべきである(図)。
図●日中開発拠点の関係
日中の拠点の間で技術水準に差があるうちは,日本で競争力を失った事業や枯れた技術などを「企業内移転」する。一方で,日本の拠点は中国の拠点から「対価」を得る。このサイクルを回しつつ,日本は技術水準で常に一歩先を,中国は拡大・成長路線を目指す。
日本製造業の気概も伝授 |
技術開発を担うのは,あくまで人。
人材の地道な育成が中国拠点の発展につながる。
ただし,日本のような定着率を
無条件に期待してはならない。
中国人技術者を引き付ける取り組みが不可欠だ。
中国拠点を設立して中国人技術者を雇うだけで済むのなら話は簡単だ。だが,現実はそうではない。ほとんど何もないところから始める中国の開発拠点では人材育成も一からの出発だ。
その中国拠点の発展に,技術者の定着率という壁が立ちはだかる。「中国で技術者を確保するのは,日本より難しい」。パイオニアの中国拠点である先鋒高科技(上海)〔Pioneer Technology(Shanghai)〕研究開発センター所長の山下雅一氏は,こう証言する。それもそのはずだ。同社の位置する中国・上海市において,技術者の定着率は外資メーカー平均で「約70%」(同氏)。しかし,この程度の定着率では安定的な事業規模の拡大は望めない。
図は,そのことを如実に物語っている。図の二つのグラフは,技術者を毎年30人ずつ採用すると仮定した場合の,技術者数と平均勤続年数の推移を示したもの。定着率が70%の場合,5年目あたりから技術者の数が頭打ちになり,平均勤続年数も伸びが弱くなる。
先鋒高科技では2001年の開業以来,定着率90%を「最低目標」に掲げ,実際にそれを達成してきた。そのかいもあって,当初の計画を上回る勢いで拠点の規模を拡大できているという。「中国拠点の成長戦略には,定着率という視点が欠かせない」(同氏)。
図●定着率の差による影響
定着率は,人材育成方針を定める上で欠かせない指標といえる。