日経オートモーティブ 特集

新車の半数をディーゼル車が占める欧州に次いで、米国が有望市場として急浮上してきた。ガソリン車と同じ厳しい排ガス規制にもかかわらず、日欧自動車メーカーはディーゼル車の導入攻勢を強める。欧州のEuro4排ガス規制に比べてNOx(窒素酸化物)を84%削減しなければならない米国の規制をクリアすれば、日本市場での展開も視野に入ってくる。ガソリン車並みのクリーンさを目指して各社はエンジンや排ガスの後処理装置をどのように進化させていくのか。(林 達彦)




米国市場へのディーゼル車投入に慎重だった日欧各社が一斉に動き出した。 ホンダのTierII Bin5対応に加え、トヨタがいすゞと提携しラインアップ強化へ向かう。 DaimlerChrysler社に続き、Volkswagen社、Audi社、BMW社のドイツ勢が米国市場に参入。 石油価格の高騰と規制への対応技術の進化がその要因だ。 国内市場でも日産が2010年の導入を表明し、ディーゼル車は増えていきそうだ。

 2006年秋以降、ディーゼル車に関する大きなニュースが世界中を駆けめぐった。まず2006年9月、ホンダが2007年モデルから正式に発効する米国TierII Bin5規制に対応したディーゼルエンジンおよび触媒を搭載した車両を公開、2009年までにディーゼル車を北米市場に投入すると表明した〔図(a)〕。
 さらにこれまで環境対応をハイブリッド車と燃料電池車で推進してきたトヨタ自動車が、2006年11月に突然いすゞ自動車と資本提携を結び、今後ディーゼルエンジンを中心に業務提携を強化することを発表。12月には日産自動車が2010年度から日本、北米、中国へディーゼル車を投入すると宣言した。
 これに呼応するように、同じ12月のロサンゼルスモーターショー直前になって欧州メーカーも、米国市場重視の方針を打ち出した。ドイツVolkswagen(VW)社、Audi社が、DaimlerChrysler社の次世代クリーン技術の総称「BLUETEC」ブランドを採用して米国市場で展開することを表明したのだ。

2008年は米国のディーゼル元年
 VW社は2008年発売予定の小型SUVのコンセプト車「Tiguan」にディーゼルエンジンを搭載して出展〔図(b)〕。一方、Audi社も「Q7」のディーゼル車を2008年に投入する。これで終わりではない。
 DaimlerChrysler社とプレミアム車で競うBMW社も、2008年の米国市場へのディーゼル車投入に名乗りを上げた。
 欧州では2005年の新車販売に占めるディーゼル車の割合が49.3%と乗用車全体の半分に達した。一方、米国におけるディーゼル車のシェアは、1%以下の日本に比べれば多いものの3.2%(米J.D.Power社調べ)とわずかだった(2005年の乗用車とライトトラックの新車販売台数に占める比率)。

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図●米国市場でディーゼル車の投入が加速
(a)ホンダが2006年9月に公開した米国TierII Bin5規制対応のディーゼル開発車両。(b)12月のロサンゼルスモーターショーにドイツVolkswagen社が出展した2008年発売予定の小型SUVのコンセプト車「Tiguan」。「BLUETEC」を採用したディーゼルエンジンを搭載。



ディーゼル車が普及している欧州の排ガス規制は日本や米国よりも緩い。 米国の規制を通すにはNOx(窒素酸化物)をEuro4比で84%減らさなくてはならない。 そのために求められるのがエンジン本体の改良と排ガス後処理装置。 このうち、エンジンの改良はあらかじめ燃料を噴射して、より低い温度で燃やす方向に向かう。 こうした燃焼が実現できれば、後処理装置が不要となる可能性がある。

 自動車メーカー各社は米国市場へのディーゼル車投入を表明したが、その道のりは平坦ではない。ディーゼル車が普及している欧州では現在Euro4の排ガス規制が実施されているが、米国でははるかに厳しい規制に対応しなければならないからだ。
 米国は、日本や欧州と違ってガソリン車とディーゼル車で排ガス規制値が分かれておらず、ガソリン車と同等のクリーンさが求められる。また、2007年モデルからは全車にTierII規制が適用される。TierII規制は、排ガスレベルを10段階に分け、メーカーが車種ごとにどのレベルを満たすかを宣言し、販売する車両全体の平均排出量を10段階の中間レベルであるBin5以下にすべきというもの。
 さらに、カリフォルニア州のように最低でもBin5レベルを満たさないと販売できないという州もある。このため、米国の全州でディーゼル車を販売するには、Bin5を満たす必要がある。

PMはDPFで除去
 Euro4のエンジンをBin5対応にするには、NOxを84%、PMを76%下げる必要があり、一朝一夕に達成できるものではない。このため、Bin5に到達するには、その手前にあるいくつかの規制を乗り越えていく必要がある。
 最初にクリアすべきなのは2008年ごろに発効するEuro5(正式に決まっていないためEuro5案)。次にBin5よりやや緩く2008年モデルまでは販売できるBin8や、日本のポスト新長期規制がある。エンジン単体でこのレベルまでクリーン化すれば、排ガス後処理装置を使ってBin5内に収められる。
 Euro5への対応は、PM(粒子状物質)の規制が主になるためDPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルタ)を装着すればよい。いすゞ自動車の技術本部開発第二部門統括パワートレイン担当上席執行役員の浦田隆氏は「DPFの効率は99%程度ありPMについては問題ないだろう」とする。

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エンジン本体の改良だけでTierII Bin5の規制値をクリアすることは難しい。 そこで、必要となるのがNOx(窒素酸化物)を除去する排ガスの後処理装置だ。 NH3(アンモニア)によりNOxを還元する方法や、 NOxを吸蔵して燃料と反応させる触媒が有望だが問題はコスト。 最小限のコスト増で実現する方法の開発が進んでいる。

 2006年12月のロサンゼルスモーターショーで、DaimlerChrysler社、ドイツVolkswagen(VW)社、Audi社はDaimlerChrysler社の次世代クリーンディーゼル技術の総称「BLUETEC」ブランドを共同で使うと発表した。
 このうちAudi社はSUV(スポーツ・ユーティリティ・ビークル)の「Q7」でBLUETECを採用することを予定する。BLUETECには尿素SCR(選択還元触媒)とNOx吸蔵還元触媒という2種類の方法があり、Audi社はQ7で尿素SCRを採用する見込みだ。
 一方、VW社は具体的な車種、投入時期を明らかにしないものの、「トゥアレグ」など比較的大きめの車種への適用を検討しているという。なお、記者向けの発表会では既に米国で投入している4ドアセダン「ジェッタ」のディーゼル仕様車を展示した(図)。

2大潮流はSCRとNOx吸蔵
 Part2 ではエンジン自身の改良でNOx排出量を下げる工夫を見てきたが、エンジン単体でBin5の規制値である0.04g/kmというNOx排出量を実現するのは難しく、排ガスの後処理装置が必須になる。後処理装置として前出のBLUETECは尿素SCRとNOx吸蔵還元触媒をそろえるが、まさにこの二つが現在の2大潮流となっている。
 尿素SCRはすでに大型トラックで実用化されており、NH3でNOxを還元するため浄化率が最大90%程度と高い。ただし、触媒以外に尿素水タンクや排気系への尿素水添加装置が必要でシステムが複雑になるため、小型の車両への搭載性に劣る。また、NH3の排出を防ぐ仕組みも必要だ。
 一方、NOx吸蔵還元触媒は、ガソリンのリーンバーンエンジンで実用化された技術で、その名のとおりNOxを一時的に吸着させ、その後空燃比を濃くして排ガス中に残ったHC(炭化水素)でNOxを還元する方式だ。

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図●Volkswagen社とAudi社は「BLUETEC」ブランドをDaimlerChrysler社と共同で使用することを表明、発表会でそれぞれ「ジェッタ」と「Q7」を展示した。



Volkswagen社
2008年に米国市場に投入
日本へも導入予定

──ディーゼル車とガソリン車の年間販売台数は?
 ディーゼル車は年間250万台、ガソリン車は年間350万台程度販売している。ディーゼル車の主な市場は欧州、アジアだが、米国でも一部車種を販売しており、その中で4ドアセダンの「ジェッタ」は、驚くべきことに販売台数の40%がディーゼル車となっている。ディーラーにディーゼル車が入荷すると14日後には売り切れてしまう人気ぶりだ。また、「トゥアレグ」にもV型10気筒エンジンのディーゼル車をそろえる。

──欧州でディーゼル車の割合は?
 小型車で20%、中型車で50%、ある一部の車では80%程度だ。特に割合が高いのがミニバンの「Sharan」で90%に達する。ディーゼル車の割合は昨年に比べて3、4%増えたが、スーパーチャージャとターボチャージャを搭載したTSIエンジンなどガソリン車でもディーゼル車並みの燃費を実現する技術も出ており、伸びはやや減速している。

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Executive Director
Powertrain Development
Rudolf Krebs氏
写真◎村上佳子

DaimlerChrysler社
低燃費化は全世界の要求
2種類の排ガス後処理装置で対応

──パワートレーン戦略におけるディーゼルエンジンの位置付けは?
 今後10年間は内燃機関が主流だろう。中でもディーゼルエンジンは燃費改善とCO2(二酸化炭素)削減のために有効だ。次のステップとして代替燃料、ハイブリッドへと移行する。長期的には、水素をエネルギ源とした燃料電池が究極のパワートレーンと考えている。

──ガソリンエンジンとディーゼルエンジンのすみ分けをどう考える?
 ガソリンエンジンは高効率化、ディーゼルエンジンは排ガスのクリーン化が課題だ。2006年6月に欧州で発売したガソリンのCGIエンジンは、高効率化を図るために、スプレーガイデッド直噴と20MPaの高圧噴射を採用した。一方、ディーゼルエンジンは燃費に優れるが、排ガスに含まれるNOxやPMの低減が必要となる。

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Vice President Program Management
& Development Passenger Car
Engines and Powertrain
Mercedes Car Group
Leopold Mikulic氏
写真◎網中泰雄

BMW社
欧州では60%がディーゼル車
日本市場は小型車多く未定

──BMW社におけるディーゼルエンジンの現状は?
 新車販売台数に占める割合で見ると、欧州で60%、世界全体で42%となっている。特に「X3」や「X5」といったSUVではディーゼルモデルの割合が90%程度に達している。そのほかのモデルでは、55~60%だ。

──現在、どのようなエンジンラインアップになっているのか?
 直列4気筒、直列6気筒、V型8気筒という三つのタイプがある。いずれもコモンレール式で、可変ジオメトリターボやDPFを装着している。直列4気筒は排気量2.0L、直列6気筒は3.0L、V型8気筒は4.4Lだ。

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Director
Development Diesel Engines
Fritz Steinparzer氏
写真◎網中泰雄

Renault社
欧州での主流はNOx吸蔵還元触媒
アライアンスで米国進出の準備進める

──Renaut社におけるディーゼル車の販売比率は?
 年間260万台のうち6割がディーゼル車で、欧州では増えている。主な市場は、欧州、北アフリカ、南アフリカ、アルゼンチンなど。欧州の排ガス規制Euro4対応では、主流はDPFがないタイプになる。

──Euro5やその先のEuro6での規制をどう見ている。
 Euro5の規制値は現在まだ決まっていないがPMが0.005g/kmになると見られ、全車にDPFを付けることになるだろう。一方、Euro6の発効は2013年か2014年ごろになると見られる。

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Senior Vice President
Powertrain Engineering
加藤和正氏
写真◎網中泰雄

PSA Peugeot Citroen社
ディーゼル車はCO2対策の切り札
中期的にはディーゼルハイブリッド推進

──PSAにおけるディーゼル技術の位置付けとは?
 短期的には効率がよく、低燃費のディーゼル車が、CO2排出量削減のための最も優れたソリューションだと考えている。排ガス中のPMやNOxの問題も、すでにクリアできる技術を開発済みだ。
 PMについては、2000年に「607」に初めてDPFを搭載し、2005年にPSAではDPF付きモデルを160万台販売した。Euro5~6へと移行する際に予想されるNOx規制値についても、達成のめどが立っている。現在、180MPaという高圧で燃料を噴射するインジェクタを採用しているが、より高圧での噴射や、スプレーガイドなどの新しい技術を検討している。

──欧州以外のマーケットへの展開を検討しているか?
 メインの市場は欧州だ。現在、フランス国内の新車販売台数に占めるディーゼル車の比率は70%近く、欧州全体では約50%だ。この6年間で増え続けてきたが、伸びは減速している。日本は、ディーゼル車に対するイメージが非常に悪い。排ガスが汚く、性能が低いというイメージが定着しているだけにディーゼル車の導入は難しい。

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Executive Vice President
Strategy and Group Product Planning
Jean-Marc Nicole氏
写真◎曽宮岳大

Faurecia社
後処理システムを米国で供給予定
流動シミュレーションで最適化

──部品メーカーとして排気システムの事業規模はどの程度か?
 2005年には19億6000万ユーロ(約3000億円)を売り上げた。個々の部品レベルから排気システムまで扱っており、全体では1300万台に供給した。排気システムのシェアは世界2位、欧州では62%のシェアで1位だ。
 自動車メーカー別の売り上げでは、フランスPSA Peugeot Citroenグループが24%、米Ford Motor社が22%、米GM社が13%、ドイツVolkswagen社が12%、DaimlerChrysler社が11%と、欧州、北米メーカーが上位を占める。DPFでは2006年に100万台以上を出荷してシェアは50%を超える。

──今後の後処理装置の方向は?
 Euro5への対応ではほとんどの車でNOxの後処理装置は必要ないだろう。一方、米国のTierII Bin5規制に対応するには、NOxの後処理装置が必要だ。ここでの主流は尿素SCRと見ている。その理由は、SCRが効率よく働く唯一の技術だと認識しているからだ。NOx吸蔵還元触媒は、浄化率の高い温度範囲が250~400℃と狭いのが欠点だ。この温度では80~85%の浄化効率が得られるが、それ以外では効率が落ちる。

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Deputy Excutive Vice President
Exhaust Systems
Peter Lakin氏