日経ものづくり ドキュメント
新シリーズ

プロデュース 中小企業上場の軌跡 第3回

千載一遇

【前号までのあらすじ】
23歳でプロデュースを立ち上げた佐藤英児。不渡り手形をつかまされて危機に陥ったものの,首をくくる覚悟で心機一転しなんとか事業存続のメドを立てる。商社の嫌がらせに遭いながらも次第に顧客を増やしていくプロデュース。だが,それにつれて忙しさも増していった。そこで佐藤は,高校時代の同級生だった井上義則をプロデュースに誘う。井上の入社で業績が順調に拡大する中,セラミックス・コンデンサの電極塗布装置の製造にかかわった佐藤は,その電子部品の製造に将来性を感じ,メカトロニクスへの進出を期する。なんとかメカトロニクス製品の受注にこぎ着けたものの,製品を納めたばかりの顧客から怒りの電話が。



 受話器を当てた佐藤英児の耳に,怒気をはらんだ声がガンガン響く。
「どうしてくれるんだよ。可動部の停止位置,めちゃくちゃズレてるぞ」
 電話の主は,プロデュース初のメカトロニクス装置の納品先。NC装置に接続しプログラムに応じて動く加工治具の位置精度が悪いと訴えているのだ。佐藤の背中に冷たいものが流れていく。
「すみません。ズレているというのは,どの程度ですか」
「1mm」
「その程度ですか」
「その程度って,あんたねぇ,ふざけてるわけ。普通1mmもズレたら使い物にならないんだよ,こういう装置は。そんなことも知らないのなら,あんたのところとの取引は金輪際お断りだ」
 これまで専ら制御盤を手掛けてきた佐藤たち。未知なるメカトロニクス装置の製造は羅針盤のない航海と同様,勘だけが頼りだった。電子科卒業の佐藤には,しかし位置精度という考えが欠落していたのだ。
「ちょっと待ってください。我々が不勉強でした。本当に申し訳ありません。すぐに造り直します。ですから,もう一度チャンスをいただけませんか」
「位置精度も知らない素人にはしょせん無理だったんだよ,この仕事は」
「今からうかがいます」
「もういいよ,よそに頼むから」
「いえ,今からうかがいます」
「もういいっていってるだろ」
「今の時間帯なら30分以内には着けると思いますので,よろしくお願いします。失礼します」
 佐藤は電話を切り,クルマをひた走らせた。約束通り30分以内に納品先に着くと,まずは今回の不手際を深くわびた。それから,位置精度の重要さや設計上の問題点など自分たちに欠けていた部分を一つひとつ質問した。初めは不機嫌だった納品先も,佐藤のあまりの熱心さに次第に怒りの矛を収め,丁寧に答えるようになっていった。その光景はまるで,学校の教師と生徒のよう。いつしか,佐藤は装置を改善することを許されていた。